『編めば編むほどわたしはわたしになっていった』(三國万里子 著)新潮社

 手編みニットブランド「気仙沼ニッティング」および編みものキットブランド「Miknits(ミクニッツ)」のデザインを手掛ける人気ニットデザイナーの三國万里子さんが、初めてのエッセイ集を刊行した。誠実でいて、しかしどこかワクワクするような文章は早くも多くの支持を集め、発売後1週間を待たずに増刷が決まったという。

「書店では文芸書のコーナーと手芸本のコーナー、両方に置いていただいているようなんですけど、今まで私のお客さんではなかった方から『とても良かった』とあたたかい言葉をもらえて。どうやって知っていただいたんだろう、ってびっくりしています」

「編むこと」を仕事にしている三國さんがエッセイを書いたきっかけは、2017年に妹で料理家のなかしましほさんとムック本「スール」を出したことだった。

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「私たち姉妹の生い立ちを探る、という企画があったんです。それで過去のことをお話ししていたら、編集メンバーの永田(泰大)さんから『三國さん、何か書けるんじゃない?』と言われて。『何か』と言われても何の約束もできないけど、じゃあ、何か書けたらメールで送ります、と言ったのが最初でした。最初の2、3通はすごく短いものを書いていたんですけど、だんだん文章を書くことに感じる喜びとか、旨味みたいなものが増えていって。最終的には中毒みたいになっていました。永田さんは途中から『まとめて本にしよう』と言い始めたので、そんな大それたことを……と思ったんですけど(笑)」

「一冊の本にしたい」と思った気持ちを想像するのは難しくない。収録されているエッセイを読めば、三國万里子さんという人が、生活を描き出す稀有な書き手であるということがわかる。そしてその生活のなかから、三國さん自身がどのような人なのかも浮かび上がってくるのだ。たとえば「腕時計」というエピソードでは、アンティークの時計に「へびこさん」と名前をつけ、語りかける様子が書かれている。それはまるで、物ではなく人と付き合っているかのようだ。

三國万里子さん

「自分がものを作る人間なので、作られたものに対する敬意が根っこにあって。ものを通して、作った人を感じる、みたいなところがあります。最近は時計だけじゃなくて、日常的に電化製品なんかにもお礼を言ってます(笑)」

 夫とのなれそめ、父親と衝突した夜のこと、子ども時代のごっこ遊び、息子とのぬいぐるみを介したやりとり……時系列関係なく並べられたエッセイの数々は、通して読むと三國さんの半生記に近い。しんどかった日々のことも書かれているのに、読んでいてどこか心温まる気がするのは、三國さんがひとつひとつの過去を慈しんでいることが伝わってくるからだ。

「つらかったことなんかは、書くことでその経験をどう考えるか、入口と出口ができるように思います。結論もみえないままに書いていくんだけど、いつの間にかなんだか見晴らしのいいところに立っている、みたいなことが多かった。書くっていうのは、ちょっとした冒険ですよね」

 タイトルの『編めば編むほど~』は本文中に出てくる言葉ではなく、タイトルのために作られた一文だ。

「私は物を作ることによって、自分の形も作っていったような感覚があるので、この『編めば編むほど』はそんな意味です。この本を読んだ人が、自分だったら何を『すればするほど』なのか、動詞を変えて考えてみることもできるのかな、と思います」

みくにまりこ/1971年、新潟県生まれ。3歳で祖母より編みものの手ほどきを受け、長じて多くの洋書から世界のニットの歴史とテクニックを学ぶ。「気仙沼ニッティング」および「Miknits」デザイナー。著書に『編みものワードローブ』『うれしいセーター』など多数。