北アフリカ・モロッコで生まれ育ち、神戸大学工学部へ留学中に、鎌倉時代から続く有馬温泉「御所坊(ごしょぼう)」主の息子と出会って結婚した金井良宮(らみや)さん。現在は「御所別墅(ごしょべっしょ)」のブランドディレクターを務めるラミヤさんだが、結婚当初は老舗温泉の若女将としての役割を求められ戸惑ったこともあったという。
ラミヤさんは、義父母や夫とともに伝統的な家業を切り盛りするという環境のなかで、どのように自らの仕事を切り開いていったのか。ラミヤさんと夫の一篤(かずしげ)さんに、長年温泉旅館を取材し、『女将は見た 温泉旅館の表と裏』(文春文庫)などの著書でも知られる山崎まゆみ氏が話を聞いた。(全2回の1回目/後編に続く)
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留学生のラミヤさんが有馬温泉へ
――ラミヤさんは、兵庫県神戸市の有馬温泉で最も古く、創業830年の伝統ある旅館「御所坊」を営む金井家の若旦那・一篤さんと結婚して、現在は系列旅館の「御所別墅」でお仕事をされていますが、初めて有馬温泉にやってきたのはどのような経緯でしたか?
金井良宮さん(以下、ラミヤ) 私が留学のため日本に来た時、大学1年生のクラスには留学生が3人いました。クラスの中で仲良しグループができまして、私と日本人の女の子、あと日本人の男性7人で、一緒に遊んだり、勉強したりしていました。
2000年、大学1年生の夏休みは、私はモロッコへ帰らずに日本で過ごすことにしました。すると、そのグループの1人で、後に夫となる一篤さんが「有馬でお祭りがあるから遊びに来ませんか」と誘ってくれて。
――その時の温泉の印象はどうでしたか?
ラミヤ 大学は神戸でしたから、日本の小さな町に来たのは有馬が初めてでした。そうですね、第一印象は純粋というか……。当時は言葉も全てはわかりませんでしたが、みんなが優しく、温かく接してくれたことが印象に残っています。
初めての温泉で「セラピー効果」を感じた
――その時、初めて日本の温泉入浴を体験したのでしょうか?
ラミヤ はい、この時が初めてでした。温泉に入った時は、すごく良かった。変な感じはしませんでしたね。
――そもそもモロッコでは、スカーフやヴェールで髪や肌を覆う女性が多いですよね。ですから、たとえ女性専用の大浴場で入浴するとしても、裸で温泉に入ることへの抵抗があったのでは。
ラミヤ 私にとっては、いわゆる「旅先の体験」と同じでした。異文化が新鮮で、興味を持ちました。初めて温泉に入り、強く感じたのはセラピー効果です。同じ人間同士が一緒にお風呂に入る。浴場の中では衣服で人のことを判断できないので、社会的立場の違いの前に、「誰もが人間である」ということがあらわれてきます。「いろいろな人間がいて、それが自然なんだな」と感じることもできますよね。それに、私に話しかけてくれる方もいて「友達を作れる場所だな」とも感じました。
――抵抗なく、すんなりと日本の温泉文化を受け入れられたわけですね。
ラミヤ そうですね。浴場文化といえば、モロッコにはハマムがあるからかもしれません。
――ハマムとは、浴槽がない「蒸し風呂」のことですよね。モロッコ版の銭湯といったところでしょうか。
ラミヤ そうです。ハマムは社交の場でもあります。ただ日本の温泉は、人工的に作られた施設ではなくその地域に湧いているものですから、入浴するとその場所との関係性が作れるような気がします。