「夕ごはんを食べに行って来るといって出て行ったのに……」 

 20代の娘を失ったという母親は、こう言った後、言葉を詰まらせた。 

 死者154人、重傷者33人、軽傷者116人を出す大惨事となった、ソウル・梨泰院で起きた群衆雪崩事故(犠牲者数は10月31日現在)。亡くなった犠牲者には日本人留学生2名も含まれていた。 

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 事故は10月29日土曜日、午後10時15分過ぎ頃、梨泰院のランドマーク、ハミルトンホテル近くの裏路地で起きた。大通りと、観光客にも人気の世界グルメ文化通りをつなぐ幅約3.2メートル、長さ約40メートルほどの細くて狭い、緩やかな坂道で、片側は建物の壁だった。

事故が起きた裏路地。まだゴミが散乱していた(筆者提供)

 当初は、群衆は右側通行を保ちながら往来していたが、途中で向かいの人々にぶつかる形で身動きがとれなくなり、ひとりが転ぶとドミノ倒しのように群衆雪崩が起きた。目撃者の声を韓国メディアが拾っている。 

「『後ろへ』が『押して』に聞こえたのでは」という証言も

「最初はみんなちゃんと右側通行で往来していたのが、そのうちにぶつかってもみ合いになった。これをどうにかしようと誰かが『後ろへ(テゥィロー)』と言ったのが、『押して(ミロー)』に聞こえてしまって、もみ合いが起き、人が倒れたのではないか」(ニューデイリー、10月30日) 

 足下には酒瓶などが転がり、液体もこぼれていたため滑りやすくなっており、警鐘を鳴らす声は大音響の音楽にかき消されたという。 

 事故の報に触れたとき、筆者はホテルの反対側にあるもう少し幅広い道で起きたと勘違いしたほど、事故が起きた場所は人が密集するとは想像もできない、とにかく狭い道だった。

ハミルトンホテル傍にある事故現場の路地。大通りは封鎖されていた(筆者提供)

 梨泰院は坂の多い街で、この周辺は他にも狭い道がくねくねと迷路のように入り組んでおり、その傍にナイトクラブや多国籍の飲食店などが軒を連ねる。世界グルメ文化通りは梨泰院の中でも人気スポットで、日本でもヒットしたドラマ『梨泰院クラス』にも登場している。

 韓国の危機管理の専門家は、「幅の狭い路地、坂道、片側が壁と圧死する最悪の条件が重なった。一人当たり60kgの体重で100人いたとして、単純にかけ算すると6tですが、これが人の雪崩が起きるとその3倍の18tもの圧力がかかる」と話しており、立ったまま心肺停止となった犠牲者もいたことが明らかになっている。 

 周辺にはこうした路地は他にもあるが、これほど狭い道にどうしてあれほどの人が押し寄せたのか、その背景についてはさまざまな説が流れる。韓国当局はこの通りにある地下のクラブに芸能人が来店したという話が広がり、クラブ前に人が集まったのではないか、また、それを知らなかった人もたまたま人の流れに巻き込まれて事故が起きたのではないかとしているが、詳しいことは分かっていない(10月31日現在)。