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「売春やブルセラを本質的に否定できる大人はいなかった」芥川賞候補作家・鈴木涼美(39)が振り返る「青臭くも愛しい」反抗と実践のギャル時代

2022/11/12

 物書きであり、女優のような出役もこなす。鈴木涼美は、グレーだ。不思議な二面性を備えた、グレーゾーンの女。黒と白の衣装を纏い、滑らかで柔らかそうな鈴木の肌や、光を宿して微かに開いた桃色の唇をぼんやりと眺めていると足首、二の腕、そして背中に覗くタトゥーの青黒い存在に目が覚める。

「文学界」11月号にて新作を発表したばかりの彼女にこれまでの歩み、創作にかける思いを尋ねた。(全2回の1回目/2回目を読む)

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隠したかった過去が報じられたその時に……

 「太もものタトゥーはタイのパタヤで酔った勢いで入れたもの。他の箇所も大した意味はなく、気分やノリで入れてしまいました」。過去の高揚や情事の記憶を身体の随所に刻み込んだ墨色が、甘く喋る本人以上に饒舌に、彼女の性を物語っていた。

©丸谷嘉長

 『ギフテッド』で2022年上半期の芥川賞にノミネートされる以前から、ウェブや雑誌連載を多数抱える執筆業、テレビコメンテーターなどとしての活動でも顔を知られる鈴木涼美だが、おそらく彼女を世間で一躍有名にした“戦犯”は、「週刊文春」2014年10月9日号の「日経新聞記者はAV女優だった! 70本以上出演で父は有名哲学者」(鈴木本人によれば父が哲学者とは誤報)との、いわゆる“文春砲”だったろう。

 慶應義塾大学環境情報学部に在籍中、AV女優として活動し、約80本の作品に出演したと報じられた(鈴木本人はこの本数が多すぎると否定している)。ひた隠しにしていたその事実が文春砲レベルの出力で世間に知れたことは、当時胃がんを患う母の介護を理由として日経新聞を退社した直後の鈴木涼美にとって、パニックを起こすに十分な出来事だったという。

©丸谷嘉長

 だが、退社の理由が純粋に母の介護だけであったかというと、実際にはちょっと違う。

「母との時間を確保したかったことに嘘はないんですけど、実際には拘束時間が長く、休みにくい会社員という立場に徐々に不自由を感じていて。好きな人とも会いにくいし、夜遊びの時間帯はちょうどゲラの確認で会社にいなくちゃいけないし……。

 ただ、癌が再発した母親の病状が悪かったのも事実です。退職直前は紙面編集の部署にいたので、手術に立ち会えなかったり、あんまり病室に来られなかったりで、本当にあと1、2年しかもたないかもしれないのに……と焦る気持ちはありました。そして辞めた後に母がもっと悪化した感じです」

 日経では、都庁記者クラブ、総務省記者クラブなどに配属され、地方行政を担当する新聞記者だった。2014年に「親にも、上司にも、特に誰にも止められず」円満に退職してからは、フリーの物書きとして活動。2016年に母を看取った。

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