文学者であり翻訳家の父と、児童文学者の母。黒川紀章がデザインした鎌倉の家から小中と清泉女学院に通い、途中で2年ほど父のサバティカルに帯同して英国ロンドンの私立女子校にも通ったが、ルーズソックスを禁止されない「10代を謳歌する確固たる自己イメージ」のために明治学院高校へ。
「周囲の影響もあり」渋谷、ルーズソックス、ブルセラ、援助交際にクラブ通いと、絵に描いたようなコギャルブームを真正面から浴びた作家・鈴木涼美。彼女の知的好奇心と魂のありようを象徴するかのような、ある意味一本の軸となる考えがある。(全2回の2回目/1回目を読む)
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「先生や母親たちはどうやって夜の世界を否定しているんだろう?」
「否定できないならやっちゃうけどいいの」
鈴木は、彼女らしい甘いトーンに包みながら、これまでの人類が社会的良識と仮置きしてきた倫理秩序を大胆に脅した。
「年齢を重ねて、『なんとなく良くない』という感覚の侮れない大切さは少しわかってきました。それでも私はずっと、先生や母親たちはどうやって夜の世界を否定してるんだろうと興味があったんですけれど、いまだに納得する答えを聞いたことがないんですよね。『なぜ人を殺してはいけないのか』には、納得する答えがあるんです。だから死刑制度にもかねて大反対です。
でも売春……『なぜ体を売ってはいけないのか』に関しては、副次的なこと、病気が怖いとか、男性と密室でふたりになるのは危ないとかそんなことばかりで、売春の核の部分みたいなものを否定してみせた人がいないから」
鈴木のAV出演歴を、自傷行為であるとか、清らかな母をそういう形で罰したのではないかなどと、流行りの毒親言説で安易に片付けようとする向きにも、鈴木本人はそっけない。
「意識としてそれはないですね。母は児童文学、それこそ性的になる前の人間を対象とした人だったから、夜の街や水商売についてはやや嫌悪感を持っている人ではありました。ただ、誰よりも私を愛してくれる人で、間違いなく私にとっては物書きとして、女性としての最初のロールモデルです。個人的にもずっと仲は良かったです」
「たぶん2000年ぐらい、人はそれを否定できてないんです」
「私が長く夜の街について書き続けているのは、そこに世界の全てが集約されるほどの魅力を感じつつ、同時にこの『なんとなく嫌な』世界を反論の余地なく否定してみたいという欲があるからです。
おそらくそれは論理を超えた信仰の力などを借りないとできないのだけど、その欲を真正面から執筆に向けています。単に自分の経験を通して話すなら『こういう嫌なことがあるから』と簡単なことなんですけれど、もっと根源的な部分。たぶん2000年ぐらい、人はそれを否定できてないんです」