「日経にいた5年半って、結構長かった気がしますけど、辞めてからは早いですね。時間が経つのが怖いです。もともと、長く企業勤めはしないのではないかという予感はあったんですけど、少なくとも3年は同じ会社にいようと思っていました。でも3年目のころは辞めるという選択肢はなかったですね。やっぱり日本社会に生きる限り、会社員というのはとても居心地がいいものですよ」
「ヒヤヒヤして生きるのは、不自由が多い気がしていました」
日経在職中に、鈴木は東京大学大学院学際情報学府での修士論文を『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)として出版、社会学論客の間で高い評価を得るなど、話題を呼ぶ。メディアでの連載も始まり、鈴木の中では退職に向けた温度も高まっていったようだ。
「基本的に、本を書く仕事をしたいと考える学生の方や、ものを書いてみたいという会社員の方には、今している学問なり仕事なりを続けながら書くことを薦めます。ただ、私にはそのような選択肢は現実的ではなくて。
私が会社員のまま、現在のような執筆業をしたとして、万が一顔を出したら、ホステス時代のお客さんとか、色々と過去を知る人が見てるかもしれない。企業にいながらそのことにヒヤヒヤして生きるのは、不自由が多い気がしていました。やましいことがない人は全然、顔出しして仕事しても会社にいられると思うんですけど」
やましい、と鈴木は言った。鈴木は女子高校生時代からのブルセラやAV出演やホステス業など、そういった「夜職(よるしょく)」の経歴にやましさを感じているのだろうか。
「思ってます。もう最大の恥です。だからほんとは誰にも言いたくない。気持ちの半分は常にそういう気持ちです。ただ同時に、そのような世界やそこにいる女の子たちの愚かさも含めた魅力に、今も惹かれ続けているのも事実です。執筆動機は常にそこにあります。逆に言えば、他の社会問題などにはあまり興味がないんです」
記事が出た後、日経新聞同期たちの思いがけないリアクション
文春記事が出たあと、日経時代の同期社員に恐る恐る連絡を取ってみると「なんとなく色んな噂があったから、それほど驚いていないし気にしてないよ」と慰められたという。
「今でも女性の同期は仲良くしてくれています。新聞記者も私のような作家も、広く言えば同じ文章書きですから、それぞれに過去や個性や思想があるので、取り立てて私が異質であったわけではないです。地下アイドルだったとかグラビアに出てたとか、根も葉もない噂があったと知った時には笑いましたけど(笑)」