文春オンライン

2022/11/10

genre : エンタメ, 芸能

 ドラマ「ビーチボーイズ」(フジテレビ系)や、「MajiでKoiする5秒前」のCDデビューで、役者としても歌手としても時の人となったのはデビューからたった2年後の1997年。翌年高校3年生のときに、世間を驚かせたのが早稲田大学への自己推薦入試の合格だった。

品川女子学院時代の広末涼子

早稲田合格、恋人アパート通い、西麻布のクラブでオール…

「スターアイドル的人気の若手女優が狙うのが早稲田というのが異例だった。受験挑戦を夏に発表しつつモデルのMITSUU(村田充)とのデートやアパート通いを撮られたのも、一般の受験生から『大学受験をなめてるのか』と物議を呼びましたね。

 めでたく教育学部に合格しましたが、1999年春の入学式にも出られず初登校はなんと6月末。待ち構えた野次馬とマスコミでキャンパスは大騒ぎになってしまいました」(同前)

 大学はほとんど通えぬままだったが、映画「秘密」や「鉄道員」などへの出演で様々な女優賞などを獲得し、実力派への階段を着実に上っていた。

10代の頃の広末涼子

 ところが、2001年になると突如として“プッツン女優報道”が盛んにされることになる。

 最初は、5月。映画「WASABI」の会見で突然泣き出し、その数日後にはCM撮影をドタキャン。そして7月には、当時撮影中だったフジテレビのドラマの現場への遅刻常習や、携帯電話を離さずに撮影に支障が出ると「FOCUS」(新潮社)に書かれたり。なんといっても極めつけは、「FRIDAY」(講談社)で、「広末涼子は『♡♡朝帰り』→『タクシーただ乗り150㎞』」と題した記事が報じられたことだろう。

 朝まで西麻布のクラブで遊び、そのままタクシーに乗って千葉の白浜町まで行ったかと思えばお金を持っていなかったようで、見知らぬ夫妻にお金を借りた。携帯の電波が届かないと大騒ぎして走り回った末に、ファンの男性に都内まで送り届けてもらう――、という様子を撮られたのだ。