これからの日本柔道界を背負う道が、ついに始まった。熱い視線が191センチ、165キロの大きな体に向けられている。男子100キロ超級の斉藤立(国士舘大3年)。ウズベキスタンのタシケントで10月13日まで行われた世界選手権に初出場。惜しくも決勝で敗れて優勝を逃したが、大健闘の銀メダルで底知れぬ潜在能力の一端を示した。20歳の大器が踏み出した闘いの大海原は畳が織りなす人間模様の風に乗り、どこまでも無限に広がっていく。
「山下の後」はいたね、斉藤立だよ
東京・国士舘高時代の斉藤がジュニアの国際大会に出始めた頃、全日本柔道連盟(全柔連)の山下泰裕会長が興奮を隠せない口調で話し続けたことがある。国際柔道連盟(IJF)の会議等で帰国した成田空港。スーツケースを引っ張り、オートウォーク(動く歩道)で会議内容の報告などをしながら言った。長旅の疲れも見せず「ここでいきなり話が変わるけど、いいかな?」との前置きから最大級の賛辞と期待が飛び出した。
「自分で言うのも何だけど、今まで『山下の前に山下なし、山下の後に山下なし』などと言われたことがある。だけど『山下の後』はいたね。斉藤立だよ」と大きな声で言葉を並べた。
理由は「190センチ、150キロを軽く超えるあの巨体なのに、相手を投げる時にあれほど腰が回る選手は重量級にはいないよ」。オートウォークから下りると、やや広めのスペースで足を止めた。すると「普通はここまでなんだよ。でもタツルはこの辺からでも、こうやって回せるから」と払い腰や大外刈りに入る体の動きを実演し、深い位置からでも相手を投げられる資質を熱弁した。
「仁(じん)ちゃんの魂がこもっているのかな」
紺色のスーツ姿でネクタイをゆらゆらと揺らせ、体を2度3度とひねった。現役時代は国内外で203連勝の金字塔を誇った無敵の王者が、何ともうれしそうな笑みをずっと浮かべていた。そして遠い目でつぶやいた。
「仁(じん)ちゃんの魂がこもっているのかな」
外国勢に見劣りしないスケールの大きさ、日々の鍛錬でも身につけるのは限界のある柔らかさは生来のものだ。陽気で無邪気、少々のことでは動じない鷹揚さは「気は優しくて力持ち」という最重量級のイメージにもぴったりで、童顔で真ん丸とした笑顔は周囲を自然と和ませる。畳の内と外とのギャップが大きな魅力を生んでいる。