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良き夫という仮面

 失踪した時、理絵は2人目の子どもを妊娠していた。お腹の子は、勝の子に間違いなかったのか、私はおそるおそる尋ねると、「私の子に間違いないと思います」と答えた。

 勝に疑う様子はなかった。つまり、夫婦関係は破綻していたが、肉体関係は持ったということだ。

「光ひとりだと寂しいからどうする?」

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 ある時、理絵からそう提案された勝はこれを受け入れ、光にきょうだいをつくってあげることにした。

「愛情を感じることはできず、セックスは単なる作業でした」

 2人の心は離れているにもかかわらず、2人目の子どもと、マイホーム購入の計画を立てていたのだ。家族の形ができれば気持ちは後からついてくると考えていたのだろうか。

「借金するなんて人間のクズ!」

「愛情は消えても、妻を喜ばせたいという気持ちはあったんです」

 勝は理絵にブランド品やカメラなどをプレゼントしたり、旅行に連れていくなど、なんとか機嫌を取ろうとしていた。そのため出費はかさみ、給料や貯金だけでは賄えなくなり、借金をするようになった。

「借金するなんて人間のクズ! 借金で旅行行ったなんて、虫唾が走る」

 借金がばれると理絵は激怒し、勝は無視をされるようになった。

「せめて、理由を聞いてほしかったです。喜ばせたくてしたことなのに、思い出まですべて否定されて……」

 勝は、この時期から自殺が頭に浮かぶようになっていた。

「帰宅途中に、大きな橋があるんですが、そこを通るたびに飛び降りたいと思うようになっていました」

 夫婦で話し合うことはできなかったのか。

「妻は一方的で私の話を聞いてくれません。話し合いに持っていくことができなかったんです。専業主婦になりたいなんて、結婚前に言ってくれとは言いましたが……」

 そしてついに、事態は最悪の結果を引き起こす。

 2020年5月31日の朝、勝は帰りが遅かったことを理絵から責められていた。勝は家で理絵と顔を合わせるのがつらく、ネットカフェなどで時間を潰すようになっていた。

「あんたの給料が安いせいで、仕事が辞めらんない! あんたの病気のせいで、恥かかされてるんだから!」

 この言葉に、勝も堪忍袋の緒が切れた。勝も好き好んで病気になったわけではなかった。