「私の人生めちゃくちゃになった! どうしてくれんの!」
勝は身体中の血が湧き上がってくるのを感じた。もうすべて終わりだ、妻さえいなくなればいい。寝室にあった延長コードを持ってくると、鏡台に座る理絵の背後から首に巻き付け、絞め上げようとした。
「理由を聞かせて!」
理絵は抵抗を試みたが、
「仮面夫婦だからもうどうにもならない、ごめん……」
そう言いながら、息絶えるまで理絵の首を絞め続けた。
息子のための演技
勝は良き夫の仮面を脱いだ後、すぐに良き父親という仮面を被らなければならなかった。
理絵がいなくなっても、息子の光にはこれまでと同じ日常が必要なのだ。勝はすぐに理絵の遺体をクローゼットに隠し、光と一緒に保育園に向かった。
「光のために、鬼になる覚悟をしました。母親を奪った責任として、幸せにしなくちゃならない。自分は絶対に捕まるわけにはいかないと決めたんです」
その後、突然いなくなってしまった理絵を心配する人々が次々と勝を訪ねて来たが、勝は「良き父親」の仮面を被ることで、大切な人たちを欺き続けた。
クローゼットに眠る理絵の遺体は腐敗が進み、玄関を開けると死臭が漂ってくるようになった。ネットで購入した、死臭を消すための消臭剤でなんとかごまかしてきたが、気温の低い東北地方も7月に入り、限界を迎えようとしていた。
勝は夜に遺体を運び出し、車のトランクに詰め込んだ。早く適当な山中に捨ててこなければ……。夜、光を独り家に残しておくわけにはいかず、やむなく助手席に乗せ人気のない山の頂に向けて車を走らせた。
勝は適当なところで車を止め、トランクルームから遺体を下すと、ガードレールから崖の下に遺体を投げ捨てた。
子どもがかわいそうで「生まれてこない方がよいのでは」と思うように
理絵がいなくなってからの光と2人の生活は、想像以上に充実した日々だった。理絵が生きていた頃から家事はほとんど勝がこなしていたので、不自由はなかった。
光には、母親は仕事で帰って来られないと伝えていたが、会いたいとせがまれるようなこともなかったと言う。
「不謹慎ですが、我が子として光に愛情を感じるようになったのは、理絵がいなくなってからかもしれません」
理絵が亡くなった時に妊娠していた第2子についてはどう感じていたのか。
「妊娠を知らされた時、正直、喜ぶことができませんでした。妻に『人間のクズ』と言われてから、『クズの子どもなんて、子どもがかわいそうで、生まれてこない方がよいのでは』と思うようになっていたんです」