「もっと給料高い男と結婚すべきだった」
理絵は夫への要求が高く、勝はついていけないと思うことが増えていった。
正社員として働いていた理絵は勝と同じくらいの収入を得ていた。勝は、両親や兄弟たちのように夫婦は対等であるべきだと考えていたが、理絵は、常に夫がリードして妻子の面倒を見てくれる家族を望んでいたようだ。
さらに勝は家事も家計についても夫婦で協力していくものだと考えていたが、理絵は、子どもができたら仕事を辞めて、専業主婦になりたかったようである。
こういった将来のビジョンについて、2人は話し合うことができず、認識のズレが解消されないまま1年後に光を出産。子どもができれば万事上手くいくだろうと流れに任せていた。
しかし夫婦の溝はむしろ、子どもが生まれてからさらに深まった。理絵は光を「私の子」と言い、父親である勝の関与を嫌がった。
「テレビをゆっくり見たい」
と言って光を風呂に入れるよう頼まれる時以外は、息子と触れ合えることはなかったという。寝室も母子とは別で、勝はひとりで眠っていた。
光が生まれた年の夏、
「もっと給料高い男と結婚すべきだった。この結婚は失敗」
と理絵の筆跡で書かれたノートを見つけた。妻が結婚生活に満足していないことは日々感じていたが、残酷な表現に、勝は絶望の底に突き落とされた気がした。
運転ができなくなって
これだけではなく、勝にとってさらに不幸な出来事が続いた。職場で突然倒れ、病院に運ばれたのだ。医師からは、突発性のてんかんと診断され「2年間は車の運転を控えるように」と言われた。
夫が運転できなくなったことに、理絵は激怒した。都市部では車を持たない人々も増えているが、勝が生活する地域では、どこへ行くにも車がないと難しい。運転を男性に頼っている女性もまだ多く、未だに車の運転は「男」である証といっても過言ではない。
勝にとっても移動の自由を奪われるようなもので、通勤のためには同僚に迎えに来てもらわねばならず、プライベートの用事も理絵に車を出してもらわざるを得なくなってしまったのだ。
理絵はさらに、病人に子どもは任せられないと、光を抱き上げようとする勝から取り上げ、これまで以上に勝が光に近づくことを嫌がった。いつのまにか、家庭に勝の居場所はなくなっていた。
「奥さんは、運転しないの?」
職場の上司は、勝が妻に送迎される日がまったくないことを不思議がっていたという。