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北朝鮮のプロレスリングで猪木は…日本からは分からない「プロレス外交」現地で起こったこと

北朝鮮のプロレスリングで猪木は…日本からは分からない「プロレス外交」現地で起こったこと

2022/12/29
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 今年亡くなった“燃える闘魂”アントニオ猪木さん(享年79)。プロレスラーとしての活躍のみならず、国をまたいで様々な影響力を発揮した人物だった。中でも、「プロレス外交」を通じ、厳しい情報統制が敷かれ監視社会の北朝鮮に、娯楽や笑いを届けたことは彼以外では難しかったことだろう。

2013年、北朝鮮から帰国するアントニオ猪木 ©文藝春秋

 ことの性質上、これまでその「外交」の様子はなかなか日本まで伝わってこなかったが、今回その映像を入手した。2014年夏、北朝鮮の首都・平壌で開催したプロレス大会で撮られたものである。

 明らかに異様な空気の中での興行。あの猪木さんですら緊張している様子がひしひし伝わってくる中、緊張の糸をほぐし、フォローしたのは、当時の人気格闘家ジェロム・レ・バンナだった。

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 猪木さんの映像の持ち主は、一般の日本人ツアー客と別ルートで訪朝し、最前列で試合を観戦した男性。北朝鮮側に許可を得た上でビデオ撮影し「個人的に封印していた」という貴重な未公開映像を、猪木さんの逝去を機に提供してくれた。約1時間にわたるその映像の終盤、面白いシーンが映っている。

当時の会場の様子。緊張した面持ちのアントニオ猪木と花束を持つバンナ

 計8試合が終わり、いよいよフィナーレというとき、猪木さんは北朝鮮側のトップ・張雄(チャン・ウン)氏と檀上で選手全員に記念品を贈り、健闘をねぎらう。当時、国際オリンピック委員会(IOC)の委員だった張氏は、胸元から紙を取り出すと、締めの言葉を語り始める。

「スピーチはなかなか終わらず、しかも内容は『敬愛する金正恩元帥とともに一致団結し……』といった北朝鮮らしい内容。隣に立つ猪木さんは神妙な面持ちでジッと聴き入り、明らかに緊張の色が見て取れた」と男性は明かす。

 そんなお堅い雰囲気漂うなか突然、地元の観客たちから大爆笑が起こる。驚いた男性は、檀上の様子を映すステージ後方の巨大スクリーンに目をやり、笑いの理由が分かった。

「猪木さんと張委員に挟まれる格好で後ろに立っていたバンナが、余りに長いスピーチで退屈になったのか、いきなり変顔をして、観客たちに愛想を振りまいたかと思ったら、今度は鍛え上げられた分厚い胸筋をピクピク動かし始めた。その様子がスクリーンに大映しとなり、平壌市民に大ウケしたんです」(男性)

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