「圧倒的な主役感」

 妻夫木聡が本作で最初に登場するシーンを見た安藤サクラは、そう評したという。

「同感です。彼にはただ話を聞いているだけ、そこに立っているだけで、つい目がいってしまうような存在感がある」

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 映画監督の石川慶さんの最新作『ある男』。不慮の事故で夫を亡くした妻の里枝は、一周忌の際に、夫が自ら名乗っていた谷口大祐という人物とまったくの別人だったことを知る。彼は一体誰だったのか。里枝から依頼を受けた弁護士の城戸章良(きどあきら)は、その男「X」の正体を追い、やがて驚きの真実にたどり着く――。主人公の城戸を妻夫木、里枝を安藤、Xを窪田正孝が演じる。

石川慶監督

 原作は、平野啓一郎さんの同名小説。読売文学賞を受賞し、累計30万部を超えるベストセラーだ。

「平野さんの小説は、芥川賞を受賞したデビュー作『日蝕』をはじめ、ほとんど全部読んでいます。お会いしたのは今回が初めてでしたが、同世代のクリエイターとして、以前から親近感を持っていました」

『ある男』も、原作本を読んで、すぐに映画化したいと思ったという。

「表向きは謎解きミステリーですが、その向こうに深いテーマを持った作品です。ただ、とても入り組んだ構造をしているので、映画にするにあたっては、かなり要素を削る必要がありました」

 たとえば、城戸が在日三世であることや、家族との関係、日本社会の問題などをどこまで描くのか。石川さんは、脚本を向井康介さんに託した。『マイ・バック・ページ』『聖の青春』『愚行録』などの映画を手がけた脚本家だ。

「彼とは同世代で、作品づくりにおける感性や感覚も共有できている間柄。僕らなら、いくらか要素を削っても、おそらく平野さんが描きたかったことの本質は外さないだろう、という自負がありました」

 本作を観た平野さんは、「原作の核心部分が露わになった。原作者ながら感動しました」とコメントしている。

 現在、石川さんと向井さんは45歳、平野さんは47歳。いわゆる〈ロストジェネレーション〉にあたる。

「僕たちは、個性という言葉が教育現場でやたらと使われた時代に育ちました。一方で“~らしくしなさい”という言い方も健在だった。そして大学生になった頃には、〈自分探しの旅〉が大流行。ずっと、自分は誰なのか? という問いに悩まされてきた世代です。だからこそ、この作品のテーマに大いに共感しました」

 登場人物たちも同じくらいの年ごろだ。妻夫木さんは現在41歳。石川さんの監督作『愚行録』『イノセント・デイズ』に続く主演となった。

「妻夫木さんとは、やはり価値観を共有できているという、安心感があります。城戸はあまり前に出ないタイプの主役なので、妻夫木さん以外には考えられませんでした」

 映像へのこだわりでも定評がある石川作品。今回、原作に込められたメッセージを豊かに表現した。印象的なのは、終盤で城戸が己の顔を見つめるシーン。ここに本作のテーマが凝縮されている。

いしかわけい/1977年愛知県生まれ。ポーランド国立映画大学で演出を学び、2017年『愚行録』で長編映画デビュー。同作が、ヴェネチア国際映画祭オリゾンティ・コンペティション部門に選出、新藤兼人賞銀賞などを受賞。ほかの作品に『イノセント・デイズ』(WOWOWドラマ)、『蜜蜂と遠雷』『Arc アーク』など。

INFORMATION

映画『ある男』
11月18日公開
https://movies.shochiku.co.jp/a-man/