文春オンライン

連載クローズアップ

「まさか、の連続でした」休館、火災で全焼、館長が急逝…「自分の映画を売り込む旅」が“特別な意味”をもったワケ

リム・カーワイ(映画監督)――クローズアップ

note

 大阪を拠点に映画を作り続けているリム・カーワイ監督の新作は、沖縄から北海道までミニシアターを訪ねる映画愛に満ちたロードムービーだ。

「コロナ禍によって日本から出られなくなり、予定していたオール海外ロケの映画がストップしてしまいました。旅好きの僕は、それなら日本縦断の映画を作ろうと、映画監督の渡辺さんが各地のミニシアターに自分の映画を売り込みながら旅をするというプロットを立てたわけです」

 本人役で主演の渡辺紘文監督は、『プールサイドマン』『わたしは元気』などの監督作で内外の映画祭で多くの受賞歴を持つ一方、近年は俳優としても活躍。『あなたの微笑み』でもユーモアともの悲しさが同居した、存在感あふれる演技を披露している。

ADVERTISEMENT

リム・カーワイ監督

「映画監督としての仕事の依頼がなかなかないという設定は実像に近いかもしれませんが(笑)、内容は完全にフィクションです。実際に映画監督であるというリアルさと、芝居を両立できるのは渡辺さん以外にはいませんからね」

 本作には七館が実名で登場。首里劇場(沖縄)、別府ブルーバード劇場(大分)、小倉昭和館(福岡)、ジグシアター(鳥取)、豊岡劇場(兵庫)、サツゲキ(北海道)、大黒座(北海道)。個性的な館長も多くは本人が登場している。昨年秋~冬、撮影は2カ月以上にわたった。

「途中、別府の鉄輪温泉では、僕が熱い源泉の流れる側溝に落ちて脚を痛めてしまい、しばらくは松葉杖で撮影しました。北海道では何10年ぶりという大雪に見舞われて帰れなくなったりもしましたが、何とかクランクアップしました」

 松葉杖も大雪も映画に取り込んだというから転んでもただでは起きない。

 ところが今年になって思いがけない出来事が相次いだ。4月、映画に出演している首里劇場の金城政則館長が急逝し、閉館が決定。5月にはサツゲキが民事再生法の適用を申請。8月には小倉昭和館が火災で全焼、豊岡劇場もコロナの影響から休館となった。

「まさか、の連続でした。首里劇場の金城館長はおちゃめで、映画にもあるように初対面から変な動きでチョップしてくるような可笑しな人。温かい人柄で、本当にお元気でしたのに。小倉昭和館のニュースは海外で聞いて、すぐに樋口智巳館長にメールして『あなたの微笑み』本編を送りました。そこに出てくる小倉昭和館の映像に、『元気な昭和館を残してくれてありがとう』と返事をもらって、涙が出ました」

 ことさらコロナ禍に喘ぐミニシアターを描く意図はなかったそうだが、在りし日の映像が本作の哀愁を深くしたことは間違いないだろう。監督自身の今後について尋ねると、

「大学卒業後に中国で映画監督デビューして、日本に戻ってから10年間大阪を中心にやってきました。大阪はアジアの他の都市と共通点があって、とても居心地がいい。でも、少し長過ぎたかなとも思っていて、別の国に軸足を移そうかなと考えているところです」

 新たな旅立ちも遠くないかもしれない。

Lim Kah Wai(林家威)/1973年マレーシア生まれ。大阪大学、北京電影学院卒業。国籍や国境に囚われない創作活動を続ける。監督作に『マジック&ロス』『新世界の夜明け』『恋するミナミ』『いつか、どこかで』『COME & GO カム・アンド・ゴー』等。バルカン半島でオールロケした次回作を撮り終えたばかり。

INFORMATION

映画『あなたの微笑み』
11月12日公開
https://anatanohohoemi.wixsite.com/official

「まさか、の連続でした」休館、火災で全焼、館長が急逝…「自分の映画を売り込む旅」が“特別な意味”をもったワケ

週刊文春電子版の最新情報をお届け!

無料メルマガ登録