「ハーツクライだー! ディープインパクト敗れるー!」
数秒後、先頭でゴールを駆け抜けた瞬間、ルメールはムチを振り上げて勝利の雄叫びを上げた。「ハーツクライだー! ディープインパクト敗れるー!」との実況は、多くの人の驚愕を正に代弁していた。
レースVTRを何度も見返したが、この戦法以外に勝てる方法はなかったと感じる。正にこれ以上ない騎乗内容である。
レース後、あるトラックマンから「ルメールはレース前からこの戦術を練っていた」と耳にした。「ディープのような強い追い込み馬を負かすには前で競馬をしなければダメ」と考えていたそうである。簡単そうで難しい戦術を難なく成し遂げる、ジョッキーとしてのセンスを見せられた。
ハーツクライは「強いのに勝てない馬」だった。前年の日本ダービーではキングカメハメハの2着。1番人気に支持された菊花賞では前を行くデルタブルースをとらえきれず7着。
ジャパンCと有馬記念はゼンノロブロイから遅れること1秒以上。明け4歳春初戦の産経大阪杯ではサンライズペガサスに届かず2着。宝塚記念はスイープトウショウをとらえきれずクビ差2着。4歳秋初戦となった天皇賞ではルメールに乗り替わるもヘヴンリーロマンスと同じ位置から6着。
前走のジャパンCは16番手から追い込むも名手ランフランコ・デットーリが騎乗するアルカセットにハナ差及ばず。ここまでGIレースは9戦して2着3回。「差して届かない善戦ホース」のイメージを一掃する脚質転換劇だったが、ルメールは同馬の「長く続くいい脚」を東京の2戦で感じていたのだろう。
最後方からの競馬で9着に敗れた前年の有馬記念より勝ち時計は遅かったものの、馬の特性を見抜いた好騎乗だった。
この勝利でステップアップしたハーツクライは続くドバイシーマクラシックを制覇、GIレースを連勝した。生まれ持った素質を後の名ジョッキーが開かせてくれたのだ。