来たるべき有馬記念まであとわずか……これまで最も印象深かった「有馬記念の名勝負」を競馬ライター小川隆行氏の新刊『競馬 伝説の名勝負 G1ベストレース』より一部抜粋してお届け。
2005年の有馬記念――無敗の帝王・ディープインパクトを破ったのは、なんと4番人気のハーツクライだった。「差して届かない善戦ホース」を一変させたルメールジョッキーの作戦とは?(全2回の2回目/前編を読む)
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有馬記念ウィークが近づいてきた!
40年以上も関わってきた競馬で、もっともワクワクする有馬記念ウィークは、他の週と異なり高揚感が止まらない。小学生の甥っ子にクリスマスプレゼントとして馬券をあげたり、齢87を迎える母親から「馬券買ってー。どの馬がいいの?」と電話がきたり。普段は競馬をやらない妻にも、彼女が唯一知っているジョッキー・武豊の単勝馬券を渡している。文字通りドキドキワクワクの1週間だ。
有馬記念のファンファーレを聞くと毎年のように心が震える。そして、ゴールを迎えると様々な感情が脳裏を駆け巡る。感極まったオグリキャップ&トウカイテイオー、馬に感謝したディープインパクト&ダイワスカーレット、驚きで声も出なかったダイユウサク&メジロパーマーなど、どの年にも多かれ少なかれ想い出が残っている。
さて、迷いに迷い抜いて決めた1位は2005年。GI未勝利のハーツクライが無敗三冠馬ディープインパクトを破った大逆転劇だ。
GI2勝の8歳馬タップダンスシチーがハナを切り、エリ女2着のオースミハルカ、地方の雄コスモバルクに並びハーツクライが先行策につけた。それまでのレースはほとんど追い込みであり、私の周りにいたファンは「ハーツが前だ!」と叫んだ。レース実況を務めたアナウンサーも「おお、なんとハーツクライが3番手だ!」と驚いている。
差し・追い込みタイプだった同馬を先行させたのは、ディープインパクトと同じ位置から勝つなど不可能であるためだ。直線が短い小回り中山だけに、鞍上のクリストフ・ルメール騎手は先行策によるアドバンテージを図ったのである。
3コーナー手前、武豊騎手がディープインパクトとともに動き始めたとき、ルメールはまだ手綱を抑えたままだった。4コーナー直前で外からディープが忍び寄り、直線に入った瞬間、ルメールは追い出しにかかった。
そのタイミングはディープよりかなり遅かった。直線でのマッチレースは約20秒続いたが、2頭の差はほとんど縮まらない。ハーツクライの瞬発力を最大限とするための「遅れ追い出し」だった。