遺影にギャングを非難する言葉があるということは、この少年も何かの事件に巻き込まれたのだろうか。ろうそくと遺影はその後もしばらく置かれていたが、いつのまにか撤去されていた。
この少年のことを思い出したのは、それから1カ月が過ぎた5月のことだった。
このころ、ヨークでは市中心部に監視カメラを設置する計画が検討されていた。その最大の目的は、銃犯罪の抑止だ。
人権団体から懸念の声も
地元メディアが報じた警察統計によると、ヨーク市内では2020年、死傷者が出た銃撃事件が75件起きた。1週間に1・5件の計算だ。ペンシルベニア州中部を統括する連邦検事は、ヨーク市について「この地域の銃と麻薬犯罪のグラウンド・ゼロだ」と言ったことがあった。
銃が蔓延する治安の悪さが、観光客や買い物客を市中心部から遠ざけている――。こう考えた
地元の経済団体などが推進役となり、市内およそ50カ所に監視カメラを設置する計画が浮上したのだ。
一方で、市内に住むのはマイノリティーが大半なことから、「マイノリティーの監視や犯罪者扱いにつながる」と異論も出ていた。地元紙は、「警察官にマイノリティーの市民が殺される事件が増えかねない」という人権団体の懸念の声を伝えた。
そこでカメラ設置を推進する経済団体が市民にアンケート調査を実施したうえで、市民との対話フォーラムを開くことになった。
会場の教会に行ってみると、すでに30人ほどの市民が来ていた。マイクを持って計画の説明を始めたのは、推進団体に雇われたコンサルタントだという、黒人の男性だった。
「引っ越して別の場所に住むお金がない」
元軍人という男性は自己紹介で、自分もヨーク市出身の黒人であることを強調した。そこには同じ黒人を前面に出すことで、マイノリティーの信頼を得ようという狙いがうかがえた。
男性の説明は、お世辞にも説得力があるとは言い難いものだった。
200人弱が回答した調査では、プライバシーへの懸念について78%が「ない」と回答し、「ある」という回答は22%にとどまったというのが、男性の説明だった。
ところが、この調査はインターネットを主体としたもので誰でも回答できる一方、全市民に周知されているわけではなかった。アンケート調査の存在を知っている人だけが回答できるという意味で、市民全体の声を反映しているのかどうか、疑問符がついたのだ。
フォーラムには白人の若い男女数人のグループがいた。明らかに計画に反対している彼らは、こうした調査の矛盾や不透明な点を代わる代わる追及していった。