手がかりは「歯並びの悪い男」
「こんな残酷なことをする犯人を野放しにするわけにはいかない。なんとしても早急に捕まえるんだ」
捜査幹部の檄(げき)が飛ぶ。
犯行現場は正規のハイキングコースから獣道を15メートルほど入った山林内で、付近の雑草は踏みつけられ、周辺の小枝は折れていた。また、草や落ち葉には多量の血痕が付着しており、凄惨な犯行内容を物語る。
鑑識課員が現場を詳細に見分したところ、血痕の付着した落ち葉の上に、「特撰」と書かれたシールが貼られた透明ビニール袋が発見された。さらに、刃物を包んでいたと思われる防錆紙(ぼうせいし)と、血痕が付着したちり紙、裾に黒色で「I」との印が押された灰色のジャンパーが見つかった。
一方で、聞き込みを行っていた捜査員にはさまざまな情報が寄せられる。
「午後12時半頃、T町にある公衆電話ボックスの前で、グレーのジャンパーを着た50歳くらいの男が、ピンク色の服の小さな女の子の手をつかみ、『お母さんを呼んだよ』と言っていました」
「妻とハイキング中、50歳くらいで身長162センチメートルくらいの痩せ型で白髪交じり、歯並びの悪い男が、ピンク色の服を着た女の子を連れていて、時間を聞かれたので『午後1時20分』と答えました」
「午後2時30分頃、ハイキングコースのそばにある畑で腐葉土を作っていたとき、50歳くらいで身長160センチメートルくらい、白髪交じりの頭で、歯並びの悪い労務者風の男が、小枝を見せながら『榊(さかき)を取ってきた』と言っていたので、『それは椎(しい)の木だ』と教えてやりました」
こういった情報が寄せられ、ピンクの服を着た幼女について複数の女児が写った写真で確認すると、目撃者はいずれも博美の写真を指差した。さらにこれらの情報を総合して、本件容疑者の容姿について、捜査本部では一定のイメージを固めたのだった。
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「凶器がわかりました!」
遺留品である「特撰」シール付きのビニール袋と防錆紙の捜査を行っていた捜査員は、防錆紙の形状からそれが手鋏(てばさみ)で、ビニール袋の大きさから、剪定鋏(せんていばさみ)の可能性が高いことを聞き込んでいた。
そこで刃物店での聞き込みを行っていた捜査員にその情報を流したところ、間もなくC市の商店街にある刃物店で、遺留品と同一形状のビニール袋と防錆紙を使った剪定鋏が売られているのを発見した。