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「殺そうと思ったのです」

 斉藤は博美の手を引いて、U山へと向かった。見知らぬ子供を連れ歩いていることを怪しまれないよう、途中で行き交う人々には、時間を尋ねるなどしていた。

「ハイキングコースから枝道に入ったところで、女の子を寝かせて体を触っていると、突然大声を上げて泣き出しました。それで、このままではまた捕まって刑務所に戻されてしまうと考え、殺そうと思ったのです」

 斉藤が泣き叫ぶ博美の首を絞めると、目を白黒させて、手足をばたつかせたあと、ぐったりした。

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「息を吹き返さないように、完全に殺してしまおうと思い、ズボンの後ろポケットから剪定鋏を取り出し、その刃の部分で喉と腹を刺しました。それから鋏や手についた血をちり紙で拭き、山道を急いで下りましたが、途中で何気なく振り返ると、殺したはずの女の子が上半身を起こし、大きな目で自分の方を見ているような気がしたんです。それで恐ろしくなり、無我夢中で脇の沢に飛び下り、下流に逃げました」

 斉藤はその後、実家に立ち寄って現金とジャンパーをもらい、ドヤ街を目指したという。彼は振り返る。

「子供の苦しそうな表情や、逃げるときに上半身を起こしていた姿が頭にこびりついて離れず、夢遊病者のように歩き回りました。翌日、食堂のテレビで初めて女の子が生きていることを知り、ほとぼりが冷めるまでドヤ街に隠れていようと思っていました……」

 被害者の博美は頸部切創(長さ6センチメートル、気管切断)、顔面うっ血(頸部に扼痕[やくこん])、腹部切創(長さ6センチメートル、腸露出)と瀕死の状態だったが、早期の発見が幸いして、なんとか命はとりとめたのである。それはまさに奇跡ともいえる生還だった。

*今日の人権意識に照らして不当・不適切と思われる語句・表現が使われておりますが、時代背景と作品価値に鑑み、修正・削除は行っておりません。
 

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