ほかの家庭を知って自分の家庭を知る
いつの間にか香織さんの口数が増えて、よく話していた。
「なんかよくわかんないけど、人の目が気になるっていうか……。国語の教科書の音読ならできるけど、『ここの作者の気持ちはなんだと思う?』とか、名指しされてみんなの前で答えるのは無理。笑われるんじゃないかと思う。音楽とか、歌うの無理で、いつも口パク。私は、わがままなんだと思う」
「それは緊張すると思います。ひとりに対しても緊張するのに、教室に入ったら、みんなに対して緊張して困ってしまいますよね。みんなにあわせるのは疲れると思います。大変だよね」
「なんでわかるんですか?」
彼女は目を丸くして、顔をあげた。
「ほかにも、あなたのような人を、たくさん知っているからですよ」
そう言うと、またさらに驚いたような顔をした。
「ほかの人は、どうしているんですか?」
「まあ、無理せずやっていますよ」
彼女のような境遇の子らは、家にいないで外へ出て多くの人と関わっているほうがよい。なぜなら、高畑先生のように、家での親子関係に違和感を抱きながら関わってくれる大人に出会う可能性があるからだ。彼女らは、親以上に自分に対して興味を持ってくれている人がいることに驚く。そして、気持ちを聞いてくれたこと、一緒になって考えてくれたことが、相当な心の支えになる。
だから、学校にきてくれたほうがいい。たとえ、教室に入れなかったとしても。
「先生の娘さんは、いいなと思った。『お母さん』って、あんな感じなのかな……」
その後、香織さんは、約2週に一度のカウンセリングに通ってきた。話す内容は学校でのことや、小学生のころに感じた友達とのことだった。
「友達の家に行ったとき、その子とお母さんがすごく仲良しだったんです。その子は、お母さんと一緒に買い物に行ったり、お揃いの物を買ったりするって言ってました。へー、そうなんだと思って不思議でした。私は、そんなことなかったんで。そのあとから、なんかその子のことを羨ましくなってしまって、あんまり遊ばなくなっちゃったんです」
香織さんに限らず、自分の家庭とほかの家庭の違いを認識できるようになるのは、大体は小学生の低学年くらいからである。それまでは、ほかの家庭も自分の家庭と同じだと思っている。しかし、同年代の子どもとの関わりが増え、ほかの家庭の様子も目にするようになり、自分の家庭と比較できるようになると、そこで自分の家庭との違いを感じる。
やがて思春期年齢のころになると、ほかの家庭と自分の家庭との差をはっきりと言葉にして自覚できるようになる。そうしたなかで、香織さんのような境遇の子らは、抱えている生きづらさが家庭環境と関係があるのではないのかと徐々に気づきはじめることもある。