重い精神疾患、社会的孤立、治らないうつ病といったさまざまな問題に対し、従来の福祉支援や治療が効果を発揮しにくい人たちが存在する。そう語るのは、生活保護業務を行う福祉事務所職員として、彼らに接し続けた植原亮太氏だ。
はたして福祉現場ではどのような問題が潜んでいるのか。ここでは、生活保護支援の現場で働いていた植原氏による『ルポ 虐待サバイバー』(集英社新書)の一部を抜粋し、紹介する。(全2回の1回目/後編を読む)
※事例に登場する人物名は仮名です。また、個人情報保護の観点から個人が特定されないように書き方を配慮しております
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“なにか”あると暴発する母親
「話しても、あんまり信じてもらえないかもしれないんですけど。それに、専門家やカウンセラーの方って、ちょっと苦手で……あんまり信用できないというか。すみません、批判しているわけではないんです。なんか、決めつけられてしまうのが苦手というか、いろいろとやってくださるのは、ありがたいんですけど……すみません」
そう話しているのは、中山優子さん(26歳)である。
まるで怯える小動物のように体を震わせ、視線をそらし、聞き取れないくらいの声で小さく言って、謝る必要もないのに謝っていた。
私が彼女の話を聞くことになったのは、彼女の担当ケースワーカーからの依頼だった。
生活保護を受けるようになってしばらく経つ。療養指導も就労指導も、なかなか実らなかった。それで、私が関わることになった。
「子どものころのことって、いまの状況に影響しますか?」
と彼女が、ぽつりと私に聞いた。
「ええ、影響することもあると思います」
彼女は、私の反応をうかがうように話しだした。
「優子! ちょっとこい! 本当にばかだね! 何度言ったらわかるんだ! 捨てられたいのか! こんなやつに食わせる飯なんかない!」
「ごめんなさい……」
なにがきっかけで急に怒りだすのかわからない母親に怯える日々。それが彼女の人生初期の記憶だった。
母親は急に怒りだし、当時五歳の優子ちゃんを叩き、体を押し倒し、引きずり回した。そして、彼女が自分の手で用意した昼食をゴミ箱に捨てた。お腹が空いて耐えられなかった彼女は、母親の目を盗んで、こっそりゴミ箱をあさり、それを食べた。