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「私たち自衛官にとっても不幸なこと」航空自衛隊が「河野太郎のブルーインパルス飛行要請」に危機感を覚えた理由

『桜華 防衛大学校女子卒業生の戦い』 #2

2022/12/14
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「医療従事者などへの敬意と感謝を表すためにブルーインパルスを飛ばせることは可能ですか」。2020年5月9日、防衛大臣だった河野太郎氏から「ブルーインパルスの飛行要請」を受けた航空自衛隊広報室。一見正しく、自衛隊のイメージアップにもつながりそうな施策だが、当初、広報室が危機感を抱いた理由とは?

 ノンフィクション作家の武田頼政氏の新刊『桜華 防衛大学校女子卒業生の戦い』より一部抜粋してお届けする。(全3回の2回目/#1#3を読む)

インタビューに答える吉田ゆかり一佐 ©文藝春秋

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「手ぬぐいの目的外使用だ」

 吉田ゆかり一佐は、良くも悪くもいわゆる「お役所仕事」を厭う。決められたルールのなかで、合理的で成果が望めることであれば何の問題もないと考えるのは理数系ならではだが、そこは「行間を読む」ことが習い性の上部組織とぶつかることにもなる。

 当時防衛大臣の河野太郎にコロナ対応の手縫いマスクを贈ったのも、テレビに映る宣伝効果を計算してのこと。マスクの生地となった日本手ぬぐいは、空幕広報室が部外へのPRのために特注したもので、それを吉田が自宅で裁断し、マスク状に縫い上げて大臣官房に預けた。

 河野はすっかり気に入り国会答弁などで好んで着用した。布の柄は青空の地に深紅の太陽を背負ってそびえる富士山で、その傍らに小さく戦闘機が浮かぶ、という空自らしいもの。青と赤の派手なマスクがテレビに映ると話題になった。河野が自らのツイッターで空幕広報室が作ったものだと明かすと、瞬時に6万3000もの「いいね」が付いた。

河野太郎氏のツイート

 しかしこれが上司の不興を買った。「手ぬぐいの目的外使用だ」と、自衛隊用語で「指導」と称する注意を受けたのだ。そもそも広報用の手ぬぐいであるうえ、加工を禁ずる規則などない。要は「余計なことをするな」ということかと、吉田は興ざめする思いだった。

突如、降ってきたブルーインパルスの飛行要請

 そんなときに広報室に降ってきた話が、ブルーインパルスによる「東京上空感謝フライト」だった。

 米国空軍のアクロバットチーム、「サンダーバーズ」と同海軍の「ブルーエンジェルズ」による合同の感謝フライト、「オペレーション・アメリカ・ストロング」が行われたのは2020年4月28日。ニューヨークとフィラデルフィアの上空を、両チーム合わせて12機の編隊がスモークを曳いて飛んだ。これを皮切りに州兵空軍の戦闘機、爆撃機、輸送機などによるフライトが全米各地で実施され、飛行回数は120回にもおよんだ。

 飛行の名目はコロナ禍における「医療従事者への感謝」だが、有事の際に全米展開するための訓練とそのデモンストレーションの意も含まれていた。こうした軍用機による「感謝フライト」は、後にイタリアなどでも行われ、世界的なトレンドとなっていった。

 航空幕僚長の丸茂吉成(現・三菱電機顧問)が河野大臣から相談を受けたのは、2020年5月20日の水曜日。河野は、「医療従事者などへの敬意と感謝を表すためにブルーインパルスを飛ばせることは可能ですか」と水を向けてきた。

 丸茂は当時をこう振りかえる。

「すでに海外の曲技チームが感謝飛行を実施していたので、うちにもいつかそういう話がくるだろうなと私も想定はしていました。お話を伺って、直感的にやれるだろうなと思いつつも、大臣にはその場では即答せず、検討しますと返事をしました」

 まずは丸茂の周辺スタッフだけで慎重に検討を重ねた。

 カナダでは国防軍のアクロバットチームの1機が、感謝飛行のために展開した先で墜落し、緊急脱出した2名の搭乗員のうち広報担当の女性士官1名が殉職している。事故原因は離陸時にエンジンが鳥を吸い込み推力低下に至ったのではないかと推定された。