日本最強のバトルシップ・みょうこう艦長に、女性自衛官の中では初めて抜擢された大谷三穂氏。日本の国防という重責を担う彼女が、どれだけ忙しく、ハードな環境においても「化粧を欠かさない」理由とは?
ノンフィクション作家の武田頼政氏の新刊『桜華 防衛大学校女子卒業生の戦い』より一部抜粋してお届けする。(全3回の1回目/#2、#3を読む)
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イージス艦の艦長に選ばれた「初の女性自衛官」
2019年12月2日午前、平年気温をやや上回る摂氏13度の曇り空、京都府舞鶴市の海上自衛隊舞鶴基地に接岸したイージス艦「みょうこう」の後部甲板では、多数のメディアが新艦長の着任第一声に注目していた。
静まりかえった艦上には、全乗組員のほぼ半数にあたる約150名の隊員が整列している。やがて艦橋脇の通路から小柄な女性が中央に歩み寄ると、号令とともに乗組員たちは姿勢を正した。
上下黒の常装服に白の制帽を着用した彼女は、演台から部下たちを見やった。そして両脇に添えた腕で軽く弾みをつけると、意を決したようにマイクに向かって言葉を発した。
「一等海佐、大谷三穂、ただいまから護衛艦みょうこうの指揮を執る」
海自のミサイル護衛艦の中でも最強の戦闘能力を持つイージス艦は、約50隻ある護衛艦の中のわずか8隻。その艦長として初めて女性自衛官が抜擢されたのだ。
新任の艦長はさらに言葉をつなげた。
「いかなる時も、国家に奉仕するという崇高な任務に就いて、迷わず職務に邁進してもらいたい。今日をもって私は、みょうこう乗員という“家族”と、皆の家族という大所帯を背負っていくことになる。艦長として、身を挺して大家族を守っていく決意である」
そして訓示の最後を、こう締めくくった。
「我々が任務に就いているからこそ、家族をはじめ、日本国民が安心して眠れるんだということを胸に、苦労も楽しみも共にし、今日から新たな航海に向けて出港しよう」
自衛官にもそれぞれ親きょうだいや妻子がいる。彼らはその心のよりどころであり、一家の経済を支えてもいるだろう。艦長を始めとする全乗組員が身命を賭して任務に身を投じるのは、日本の安寧を保つため。突きつめれば、それは自分たちの家族を守ることにやがてつながる。
護衛艦がいざというときにその実力を発揮するには、すべての隊員それぞれのスキルを100パーセント発揮しなければならない。各隊員が戦闘艦という運命共同体に躊躇なく身を投じることができるよう、艦長にもあらゆる戦闘局面で的確な指示を繰り出せるスキルと、そして胆力が必要だ。
言い換えれば、ファミリーである乗組員たちにその力量を認められ、「この人ならば」と生死の手綱を託されて初めて、最強イージス艦の艦長は真に機能するのだ。