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「息子に殺されそうになったことも」12人の子どものうち6人が統合失調症…精神医療の道を拓いた“ある家族”の物語

最相葉月が『統合失調症の一族』(ロバート・コルカー 著)を読む

2022/12/12
『統合失調症の一族』(ロバート・コルカー 著/柴田裕之 訳)早川書房

 12人の子どものうち、息子6人が統合失調症の診断を受けた米国コロラド州の一家、ギャルヴィン家の物語である。本書は現代も続く隔離や拘束、電気刺激、薬物の過剰投与といった侵襲的な医療を根底から覆す力を秘めている。同時に近年、注目され始めたケアの早期介入や予防に目を向けるきっかけとなるだろう。

 一家の父親ドンは敬虔なカトリックの家に育ち、空軍基地の情報将校として冷戦下の軍務に従事していた。母親ミミは1945年に長男が誕生してから65年に末娘が生まれるまで、果てしない子育てに追われる。

 12人の誕生はベビーブーム時代と重なる。精神疾患の生物学的な背景が研究されるようになり、生まれか育ちかの議論の只中であった。責任を親、とくに母親に負わせるのが標準で、夫婦は自分たちが疑われることを知っていた。

 大規模病院での隔離と収容を是正する63年の大統領教書(ケネディ教書)以降も十分な地域サービスを受けられず、患者は家族に委ねられる。医学界は薬を推す者と精神療法を推す者に分かれ、精神病など存在しないと主張する反精神医学運動も起こる。患者置き去りのまま、家族は文化運動の巻き添えにもなった。

 修道士のようにシーツをまとい聖書を唱える長男、自分をポール・マッカートニーと思い込む九男など妄想にとらわれる息子たち。激しい暴力や自傷行為が描かれるが、暴力には理由があり、患者はむしろ被害者である方が多いことに気づかされる。

 家はもはや安心できる場所ではなく、病ではない6人は自らも発症する恐怖に怯える。兄の虐待に苦しむ長女は慈善家夫婦に預けられ、次女は名前を変えて生きることを決意した。

 家族の転機はゲノム解析技術の進展を背景に遺伝学的、神経学的要因を検証しようとする研究者との出会いだ。一家の遺伝物質は80年代から研究対象だったが、紆余曲折を経て、一家の貢献が明らかになった。

 12人全員がミミ由来の同じ遺伝子変異をもつが、これは多くの人が共有するもので、人により現れ方が異なり、統合失調症もあれば双極性障害や自閉症もあるということ。疾患は単一スペクトルに並ぶもので、統合失調症は疾患ではなく症状として捉えられる可能性があるということだ。

 ではなぜ6人は病まずにいられたのか。息子に殺されかけたこともある母ミミはなぜ息子たちを守り続けられたのか。本書のもう一つのテーマはその強靱な精神の有り様だ。本書が成立したのもひとえに、自分たちの経験が必ずや精神医療の進展に貢献し、同じ苦しみをもつ人々の人生を少しでもよいものにできるはずだという家族の信念によるものである。米国には時折、このような勇者が現れる。一家の信頼を得て、実名での執筆を成し遂げた著者の勇気も称えたい。

Robert Kolker/アメリカ・メリーランド州生まれ。ジャーナリスト・作家。1991年、コロンビア大学卒。「ニューヨークマガジン」「ブルームバーグ ビジネスウィーク」など各誌に記事を執筆。他の著書に『Lost Girls』(未邦訳、2020年に映画化)がある。
 

さいしょうはづき/1963年、東京都生まれ。関西学院大学法学部卒業。著書に『セラピスト』『辛口サイショーの人生案内DX』等。

統合失調症の一族: 遺伝か、環境か

統合失調症の一族: 遺伝か、環境か

ロバート・コルカー ,柴田 裕之

早川書房

2022年9月14日 発売

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