『なんとかしなくちゃ。 青雲編』(恩田陸 著)文藝春秋

 小説家は登場人物の名前をどうやって決めるのだろう。取材で聞くと、友人知人の名前をもじったり、電話帳から探したりとそれぞれ苦心している。口を揃えるのは、そのキャラクターにふさわしい名前でないと書きづらいということ。執筆途中で名前を変えたという話も聞いた。たしかに読者としても名前に違和感があったら集中できない。

『なんとかしなくちゃ。』の主人公は梯結子(かけはしゆいこ)。作者いわく梯(橋を架ける)に結子(2つのものを繋ぎ合わせる)で「名前となりわいがピタリと一致している」人物だという。どうやらこの小説の主人公は、何かと何かをむすびつける「にかわ」のような存在らしい。

 結子の父は大阪の海産物問屋、母は東京の老舗和菓子店の生まれ。商家の子である。兄2人、姉に続く末っ子の結子は、5歳にして早くも才能を発揮する。近所の公園の砂場がなぜかある時期だけ混雑する。結子はその理由を突き止め、見事に解決してしまうのだ。「うまくいってない、フェアじゃない、美しくない」状態を放っておけない。それが梯結子なのである。

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 結子は、茶道に能率優先では失われる美を見つけ、児童文学の『エルマーのぼうけん』に問題解決の爽快さを学び、映画『大脱走』の調達の達人に感動する。お誕生会を工夫し、友人を生徒会長に当選させ、独創的なお茶会を開く。W大に進学するとなぜか城郭愛好研究会に入り、城の攻防において「カケハシ・ドクトリン」と呼ばれる独特な基本方針を立てるのだ。

 楽しい小説である。結子の兄姉はそれぞれ個性的なお茶会を開催するセンスの持ち主であり、同級生、先輩たちも風変わりな強者たちばかり。中でも高校時代に登場する三ツ橋歌子は強烈で、母は某歌劇団の元男役スター。帰国子女で成績優秀。教室にやってきては、なまはげのごとき大声で結子を呼び出すのである。

 登場人物、エピソードの魅力に加えて、この小説の面白さをもう一つ。「私は~」と突然、作者自身が語り始めるところだ。まるで近代小説初期のプリミティブで自在な語りである。物語作者というよりは梯結子の人生に寄り添い、見守るというスタンスもユニークだ。結子は1970年生まれとあるから、作者とは6つ違い。親戚の子か、学生時代の後輩くらいの距離感が心地いい。

 本作は「青雲編」とあり、梯結子の一生を描く構想らしい。女性の一生といえば朝ドラだが、作者はわざわざ朝ドラに言及し疑問を呈しているから、エクストリームな朝ドラ的小説だ。

 結子はやがてビジネスの世界で活躍するに違いない。つまり女性の一代記にして、ビジネス小説。多彩な作品を書いてきた恩田陸にとっても初めての試みだろう。語りの中に、同時代人としての視点も織り込み、個人と社会の関わりを描いた物語になりそうだ。続篇を鶴首して待ちたい。

おんだりく/1964年、宮城県生まれ。2005年『夜のピクニック』で吉川英治文学新人賞と本屋大賞、06年『ユージニア』で日本推理作家協会賞、07年『中庭の出来事』で山本周五郎賞、17年『蜜蜂と遠雷』で直木賞と本屋大賞を受賞。
 

タカザワケンジ/1968年、群馬県前橋市生まれ。写真評論家、書評家、ライター。著書に『挑発する写真史』(金村修との共著)。