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元妻の父親を撲殺したのち「遺体を食べた」と供述…犯人が法廷で語った“身勝手すぎる動機”とは――平成事件史

元義父殺害事件 #1

2023/01/02

genre : ニュース, 社会

 埼玉県川越市に住んでいた浄化槽点検管理業、Tさん(59=当時)が、突然姿を消したのは2011年6月。家族が8月に捜索願を出したが、行方は分からないまま。自らの意志で姿を消したのか、あるいは事件なのか、それすらも掴めず時間は過ぎていった。

 ところが1年が経った2012年6月に、Tさんは、自宅から遠い長野県で遺体となって発見される。

「元妻の父親をバラバラにして埋めた。犯行を隠そうと思った」

 Tさんの元娘婿である石崎照夫(逮捕当時46・仮名)が警察にこう供述したことから、石崎の実家である長野県の民家の庭の花壇を掘り起こすと、シートにくるまれた状態のTさんの胴体のみが発見された。

遺体の一部を「キムチ鍋にして食べた」と証言

写真はイメージです ©iStock.com

 石崎は元妻との間にひとり娘がいる。事件の5年ほど前に離婚し、妻とは離れて暮らすことになったが、やがて娘も施設に預けられることとなった。妻子との縁は薄くなったいっぽう、仕事に就けなかったことから、離婚後もTさんのもとで働いていた。

 事件は仕事上の恨みによるものか、元家族としてのトラブルが元凶か。ところが公判で石崎は「私自身の正義」といった発言を連発し、歪んだ正義感を爆発させる。さらには殺害後にTさんの遺体の一部を「キムチ鍋にして食べた」と、にわかに信じがたい異様な犯行手口を明かしてもいた。

◆◆◆

 石崎に対する裁判員裁判は、Tさん殺害から2年後の2013年6月から、さいたま地裁で開かれた。彼が起訴されていたのはTさんに対する殺人、死体遺棄、死体損壊だけではない。器物損壊や暴行、脅迫、建造物損壊にも問われていた。これは石崎がTさん殺害事件を起こす前から、また事件後も、勤務先だったTさん経営の会社関係者や、実の娘が暮らす施設の職員に対して嫌がらせや脅迫などを繰り返していたためだ。

 坊主頭に青いジャージを着た石崎は罪状認否で「全てその通りです」と、全ての起訴事実を認めたが、弁護人は彼が“自己愛性人格障害”の影響下で事件当時は心神耗弱状態にあったと主張した。だが判決でこの主張は退けられており、彼は完全責任能力を有していたと認定されている。

 冒頭陳述や証拠などによれば、石崎は埼玉県所沢市の自宅に呼び出したTさんを撲殺し、その遺体をバラバラにして、胴体だけを実家の庭にある花壇に埋めていた。他の部位は細かく砕いたりなどして側溝や山林などに遺棄したという。