埼玉県川越市に住んでいた浄化槽点検管理業、Tさん(59=当時)が、突然姿を消したのは2011年6月。家族が8月に捜索願を出したが、行方は分からないまま。
ところがその翌年、Tさんは、自宅から遠い長野県で遺体となって発見される。
「元妻の父親をバラバラにして埋めた。犯行を隠そうと思った」
Tさんの元娘婿である石崎照夫(逮捕当時46・仮名)がこう供述したことから、事件が発覚。さらに、石崎は公判で「遺体の一部を食べた」と語った。
Tさんの娘である石崎の元妻が明かした「地獄のような結婚生活」の実態とは――。(全2回の2回目/最初から読む)
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石崎「腕と足はフリーザーに2~3日入れて、その後は足の肉……赤みの部分を……キムチの素、寄せ鍋の素を入れて、食べることにしました」
弁護人「なぜ?」
石崎「征服感です! とにかく、社会悪の人間、食ってやろうと一心不乱でした」
弁護人「思いとどまるとかは?」
石崎「全くなかったです!」
裁判官「肉はどのくらい食べた?」
石崎「一般のステーキ肉、200~300グラムを3~4枚ほどです。野球ボールくらいに加工しました」
たしかに遺体の全てが見つかっているわけではない。
さて、このように、法廷でしきりにTさんに対し“社会悪”と繰り返してきた石崎だが、周囲からは逆に彼自身がそう思われていたフシがある。公判で読み上げられた関係者の調書から、それが読み取れた。
元妻が語った「結婚生活」の実態
石崎の元妻は調書で「石崎のせいでボロボロになった。もう二度と関わりたくない」と元夫への強い拒否感を見せながら、結婚から離婚までを明かす。
「入籍してすぐに子供が産まれましたが、石崎との結婚生活は地獄でした。すぐにだらしない面や暴力的で怖い面を見せてきました。定職に就かず、生活費もまともに入れず、光熱費を払えず止められた。たとえ私が身重でも、家にろくに帰らず、1000円などを渡してそのまま数日戻らないこともありました。食べるものに困り、妊娠中は貧血で倒れたこともあります。(中略)いつも酒を飲み、酔っては切れていました。首を絞められたことは2回あります。首を絞めるとき『生きてるのが嫌になったなら、俺がお前を(殺して)救ってやる』と暴力を正当化してきました」(元妻の調書)