2000年、六本木で働いていた英国人女性ルーシー・ブラックマンさん(21歳、死亡当時)が行方不明に。のちに神奈川県三浦市内の海岸にある洞窟で発見された彼女の遺体は、陵辱のすえにバラバラに切断されていた。
捜査一課の刑事たちは執念の捜査の結果、会社役員・織原城二(48歳、逮捕当時)の犯行であることを突き止める。難航をきわめた、ルーシーさんの遺体発見の瞬間とは――。
ここでは捜査に携わった刑事たちが事件の真相を語った『刑事たちの挽歌〈増補改訂版〉 警視庁捜査一課「ルーシー事件」』(髙尾昌司 著、文春文庫)を一部抜粋して紹介する。(全2回の1回目/最初から読む)
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野添を含めた3人の捜査員は、砂浜に打ち上げられたゴミや枯れた木材などをどかしながら切り立った岩壁に向かい、冬枯れした木々の間の藪を搔き分けた。岩の裂け目のような洞窟が見える。
奥行きは僅か6メートル。誰かが何度も覗いた洞窟であり、警察犬も臭いを嗅いだ場所ではあったが、もう一度調べるつもりで中に足を踏み入れた。
上野が先頭に立ちペットボトルや枯れ木などのゴミをどかしながら進むと、3メートルほど奥に水色の汚れた風呂桶が転がっていた。プラスチック製の浴槽に、大きな石がいくつも溜まっている。
「どかしてみんべ」
2人は石を洞窟の外へ運び、空になった浴槽も引きずり出した。
するとその跡に軟らかい砂地が現れた。野添がスコップで無意識に掘ってみる。20センチ、50センチと掘り、さらに軍手をはずして犬が搔くように掘る。
指先に何かが触った。物が入ったビニール袋のような感触だ。
僅かな臭気が立ち上る。
「おや……」
掘る範囲を少し広げ、そっと慎重に掘り進める。
遺体発見の瞬間
60センチ余り掘った時、白いビニール袋に入れられた足首らしきものが出てきた。
「オーイ、ちょっと来てくれ」
野添は周りにいる2人に声をかけた。
捜査員は、その声に驚いて駆けつけた。
「出た、出た、足が……」
野添は擦れた声を絞り出し、大声で叫んだ。
野添は管理官の阿部に報告するため携帯電話を取り出した。電話をかけようとしても手が震えている。すると電話から聞こえてきたのは、妻の声だった。
「お父さん、どうしたの?」
「バ、バカヤロウ!」
慌てて間違えたのは自分であるにもかかわらず、野添はそう怒鳴ると電話を切り、改めて阿部に電話をかけた。