警視庁鑑識課からは久保正行理事官(警視)ほか10名が数台の車に分乗し、警視庁を離れてからサイレンを鳴らした。マスコミの監視を逃れるための予防策だった。
一方、遺体発見現場からは、佐々木久巡査部長と妻木壮寿巡査部長が、阿部管理官の黒い公用車で東京に向けて出発した。
遺体が出たとはいえ、簡易裁判所の許可がなければ、証拠能力が担保されない。遺体発見の場所とその状況がわかる写真を撮り、見取り図なども添えて裁判所に検証許可状を請求する。申請に必要なその他の書類は、本部に残った捜査員が、新妻の指示で作成してくれる手はずになっていた。
「写真と見取り図を本部に渡したら、とんぼ返りで現場に戻ってこい」
これが阿部管理官から与えられた任務だった。佐々木もやはり、現場から十分に離れたところで車のルーフに赤色灯を載せ、サイレンを鳴らした。
検視官が到着、洞窟の中へ
午前11時を回った頃、久保鑑識理事官を先頭に、紺色の作業服に身を包んだ現場鑑識員と検視官が到着し、捜索班によって直ちに現場の洞窟に案内された。
しかし、簡裁から検証許可が下りたという連絡がまだない。多大な労力を重ねてようやく発見した遺体を目の前に、捜索班も鑑識も手を出すことができないでいた。
阿部は数人の捜査員を「D荘」(※)に向かわせ、梯子を借りてこさせた。崖からブルーシートを吊るすのに必要だった。
※編集部注 ルーシーさんの遺体捜索にあたる捜査員たちが逗留していた民宿。
遺棄死体の検証には立会人も必要だ。民間人であってもかまわない。別の捜査員を漁業協同組合へ走らせる。
「許可が下りた!」
待機させられていた久保理事官が、やや興奮気味に叫ぶ。待ちに待った報せだ。新妻管理官からの連絡だという。立会人を引き受けてくれた漁業関係者も現場にやって来た。早速、鑑識課員が作業を開始する。
死臭を嗅ぎつけたらしいトビが、上空を旋回し始めている。
スコップと手で洞窟の入り口から徐々に掘り始め、計測しながら写真を撮る。さらに掘って砂を搔き出し、手で異物を探す。
佐々木が戻ってきた時には、すでに午後の1時を回っていた。阿部は後部座席に乗り込み、今度は三崎警察署へ急がせた。
同署の藤原秀男署長とは、捜索の初日にも挨拶を交わしている。警視庁の捜査一課を代表して仁義を切っておいたのだ。
阿部から遺体発見の一報を聞いた藤原は、
「それはよかった。ほんとうによかった」
と言って心の底から喜んでくれた。
現場付近への立ち入り規制と交通整理を藤原に依頼して、現場へ戻る。
遺体の発見場所を覆い隠すために、三崎署から借り受けたブルーシートには使われた痕跡がなかった。いずれ必要になることを見越した藤原が新品を用意しておいてくれたらしい。
トビの数はさらに増えていた。