「あぁ~、足が出た、足が出た……」
神奈川県三浦市にある織原所有のマンションの南側に住む「博士」(※)に捜索の了解を取り、家の裏手中腹にある洞穴で捜索の指揮をとっていた阿部は、野添からの報告を携帯電話で受けた。しかし、野添は興奮しているせいか、何を言っているのかさっぱりわからない。
※編集部注 マンションの南側に立つ建物の住人で、酸素燃料の研究をしていることから「博士」の愛称で呼ばれていた。
「あぁ~、あぁ~、足が、足が……」
「何だ、どうした」
「あぁ~足が出た、足が出た……」
「わかった、すぐに行くッ」
と野添に言いながら、阿部は近くにいた丸山管理官に声をかけ、伝令役の佐々木巡査部長と一緒に走り出した。背後からバラバラと足音が聞こえる。捜査員たちが後を追って来ていた。
洞窟に到着した阿部は、
「本部に連絡してくる。ここはそのままにしておけ」
と野添に命じ、携帯電話で新妻管理官に連絡を入れた。
新妻管理官は、統括デスクとして連絡を受けた。阿部はこの情報がマスコミに漏れることを心配して、こちらからはもう一切どこにも連絡しないと新妻に告げた。
遺体発見で「完全に断たれた道」
新妻は万事心得て、成城警察署の「世田谷一家殺人事件特別捜査本部」で捜査会議中だった有働理事官に、警察電話で連絡を入れた。時刻は午前9時20分を僅かに過ぎていた。
「織原のマンション近くの洞窟から、おそらくルーシーと思われる遺体を発見しました」
同時に鑑識の出動も要請する。
「出たか……」
隣席の有働から報告を受けた弘光一課長までもが、喜びと同時に複雑な気持ちになった。遺体が発見されたことで、ルーシーの無事救出という道は完全に断たれてしまったからだ。
しかし有働は、この事態を冷静に受け止め、成城署の特捜本部から、警察電話を使って警視庁の鑑識課に連絡、至急に現場臨場してほしいと伝えた。
有働は弘光課長に「では行ってきます」と頭を下げ、弘光課長は「頼む」とひと言言ってから栗本英雄刑事部長に電話した。
外国人女性の家出人捜索願から事件の臭いをいち早く嗅ぎつけた生活安全部の寺尾部長にも、有働は電話で遺体発見の一報を伝え、黒の専用車に飛び乗った。運転手が窓から手を伸ばしてルーフに赤色灯を載せる。
弘光課長は、神奈川県警本部の捜査一課長に連絡を入れた。