文春オンライン

2022/12/29

genre : ニュース, 社会

 そんなことを話すと目尻にしわを寄せて笑った。屈託ない笑顔である。マインドコントロールされた人間のような、人格の感じられない笑顔ではない。この時から計4回、4時間にわたって話をした。当時のメモからいくつか書き出してみたい。

「ほんとにやったんですか?」という質問に、佐川は話し始めた

「聞きにくいんですけど、ほんとにやったんですか」と尋ねると、佐川は、「ええ……」と口ごもりながらも答えた。そして、訥々と喋りだした。

「彼女にふられたとか、肉体関係を迫ったというのは嘘です。警察に捕まって刑事の取り調べを受けて、早口のフランス語でたたみかけるようにいわれたので混乱の中で曖昧に答えただけなんです。

 愛していたから殺したというのは違います。『ぼくは彼女を愛していたのだろうか』って自問しました。でも違います。彼女とも知り合ったばかりなんです。

 一緒に日本料理屋で刺身を食べたりしたけど、合計で10日ぐらいしか会ってないんです。それで相手の人のことが分かるはずないでしょ」

1981年6月17日、パリ警視庁を後にする佐川一政氏 ©AFP/AFLO

 聞くときは視線を合わせるが、話すときは少し下に落とす。

「もし、心から愛していたら、絶対に殺せないと思います。絶対にダメです」

 別の日に、なぜ銃など買ったのか、と尋ねると、

「べつに、とくにそういうのが好きなんじゃないんですけど。家のカギがこわれてうまくかからなかったんです。僕、体も小さいし。だから、……用心のために」

「彼女にドイツ語を習おうとしていたのは嘘です。だいたい、何で、ドイツ語が必要なんですか。僕はフランス語の博士論文を準備してるんですよ。たまたま、ドイツ語の詩があったから音の調べを聞きたくて吹き込んでもらおうとしただけです」

 被害者はオランダ人女学生だが、オランダ語とドイツ語はよく似ていて、彼女もドイツ語に堪能だった。

 人喰いは文学青年として興味は持っていた。だが、実行してみたいと獲物を狙っていたわけではない。口論したとかいうわけでもない。たまたま銃があり、手に取って、後ろを向いてテープに録音していた彼女に向けて引き金を引いてみた。そうしたら、彼女は倒れ、おびただしい血がながれた。その現実がタガを外し衝動が溢れ出た――。どうもそういうことらしい。

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