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 “昨日より少しでも安く、昨日より少しでも材料を少なく”という英二の“トヨタの改善”を栗岡は体現するのだった。

船便よりも高速道路を利用すれば、早くて安いと思い…

 こうした栗岡の“改善スピリット”は、本業にとどまらなかった。それが日本列島に張り巡らされた「高速道路の料金定額化」という提案だ。

 その萌芽はこうして生まれた。それは国土交通省幹部が名古屋に来た時だった。幹部の来名の目的は、東海地方と北陸とを結ぶ「東海北陸自動車道」の完成とそのPRのためだった。その報告を聞きながら、栗岡はあることを思いつく。

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「高速道路を使った方が断然に安くなるんじゃないか」

 栗岡の脳裏にあったのは、ロシアのサンクトペテルブルグだ。サンクトペテルブルグには2007年12月から高級車「カムリ」を現地生産している工場があった。そのためトヨタでは、名古屋港からマラッカ海峡、インド洋を横断し、そしてスエズ運河を通り、イベリア半島を回ってサンクトペテルブルグに到着するという航路で部品などを調達していた。およそ30日から40日かかる航海である。

ⓒiStock

 ところが、国交省が推奨する「東海北陸自動車道」を利用すれば、名古屋から新潟、新潟からウラジオストックに渡り、後はシベリア鉄道でサンクトペテルブルグまで一直線。行程は船便よりも10日以上短縮される。

 早速、栗岡は物流を担当する部長を呼んだ。高速を使って、シベリア鉄道に乗せた方が早いし、安いのではないか、と。まさに豊田英二の遺訓である“昨日より少しでも安く”そのものだった。

「改善」を追い求めてきた栗岡氏 Ⓒ文藝春秋

「そんなにかかるのか?」高速道路の料金の高さに驚き

 しかし、担当部長の答えは栗岡を驚かせるものだった。

 担当部長は栗岡の前に地図を広げた。その地図には名古屋港からサンクトペテルブルグまでの従来の航路と名古屋から新潟、ウラジオストックを経由してシベリア鉄道を使ったルートが書かれていた。担当部長は説明する。

「船便でかかる費用を100とした場合、名古屋から『東海北陸高速道路』を使って新潟に行くまでにかかる費用で40ほどかかります」

「エッ、たったこれだけでそんなにかかるのか?」栗岡は思わず声をあげてしまった。

 栗岡はあらためて地図上の2万3000㎞にも及ぶ従来の航路をまじまじと眺めた。それに比べれば豆粒ほどの距離しかない、日本列島に収まるだけの高速道路の距離に、航路のおよそ40%もの費用がかかるとは。この驚きの体験が栗岡を「高速道路の料金問題」に向かわせることになる。