『彼女は水曜日に死んだ』は、海外ミステリーの邦訳を牽引する東京創元社より刊行され、収録作の1つが英国推理作家協会選出の最優秀短編賞に輝いたと喧伝する帯が巻かれ、現在書店に並んでいる。このことから、本書を犯罪小説ないし重厚なノワールだと期待して手に取る読者も多いだろう。しかし、いくつかの短編を読み終えた時、きっとあなたは「果たしてこれは犯罪小説なのだろうか?」と疑問を抱くはずだ。本国アメリカでも状況は同様で、「あなたの作品は犯罪小説なのですか?」と問われたラングはこう答えた――「そうだよ。もしも『グレート・ギャツビー』を犯罪小説というならば」。
収録された全10編のうち、8編が現在のカリフォルニアを舞台としている。8編が現在形で書かれ、うち7編は一人称で語られる。異国の過去を舞台とした作品と、文明が滅んだ後のSFじみた物語も収録されているが、叙述スタイルは全作品とおしてリアリズム/ミニマリズムである。どの物語にも「妊娠」や幼い子供たちが登場するが、それは損なわれ、決して中心として描かれない。代わりにスポットがあたるのは、下層階級や人生の落伍者ないし犯罪に手を染めた者たちであり、多くの物語でそれは中年男性だ。彼らに根っからの悪人はいないが、ある時点で皆「間違った選択」をしてしまい、過去を悔いて、未来に対し偽りの希望を抱き、苦しみながら現在を生きている――。
本書にもっとも近いのはレイモンド・カーヴァーであり、デニス・ジョンソンの短編作品群だ。これは評者が指摘するまでもなく、著者自身が受けた影響の大きさを公言しており、なにより読めば明らかである。ヘミングウェイの短編によって文学に目覚め、ケルアック『路上』に衝撃を受け、人生最高の映画に『タクシードライバー』を挙げながらも、「人に最も読むことを薦める書籍は?」と問われ「旧約聖書と新約聖書」と回答するラングは、本書のエピグラフに『リア王』を掲げ、本編最後もまたシェイクスピアで締めくくってみせる。本書が優れた「犯罪小説」であることを否定はしないが、これら列挙した作品名にピンときた読者にこそ手に取ってもらいたい。
『彼女は水曜日に死んだ』とは日本独自の邦題で、書籍の原題は『甘いささやき(スウィート・ナッシング)』。その元となった9つ目の短編「甘いささやき」を評者はベストに推したい。
「自分の人生がうまくいかなくなる前は、人生について考えたことなどなかった」語り手と、「何か特別なことをするために生まれてきたと思っていたのに、人生に疲れ果てて失望」した男との、奇妙な共同生活。理不尽な悲劇と、気まぐれな奇跡に翻弄される女。決して解けない「人生の謎」。その謎がそのまま差し出された、忘れがたき一編。
Richard Lange/1961年、米カリフォルニア州生まれ。2007年にデビュー短編集『Dead Boys』を刊行。13年の『Angel Baby』で同年のハメット賞を受賞。15年、本書を刊行し、収録作「聖書外典」が英国推理作家協会(CWA)賞最優秀短編賞を受賞。
あおきこうへい/1984年生まれ。米文学研究者。日本学術振興会特別研究員PD。共著に『現代アメリカ文学ポップコーン大盛』。