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《「アングロサクソン的なもの」が破綻した後に「ロシア的なもの」が…》E・トッド氏が予言する“新しい社会”

《「アングロサクソン的なもの」が破綻した後に「ロシア的なもの」が…》E・トッド氏が予言する“新しい社会”

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 ウクライナ戦争をめぐって、「西洋の民主主義陣営 VS 中露の専制主義陣営」という語り口が常套句となっていますが、「専制主義陣営」を「西洋より遅れたもの」とする西側の一般的評価に対して、トッドさんは、少なくともロシアに関しては、異なる見方をしています。「ロシア恐怖症」「ロシア嫌い」に囚われた西側メディアが見落としてきたのは、ロシアが、ソ連崩壊後の危機的状況から見事に立ち直り、社会として安定に向かっていることで、それは乳幼児死亡率などの人口統計にはっきり現れている、と。その上で、「ロシアの復活」の背後にはロシア特有の家族構造がある、と指摘しています。

 トッドさんの家族構造の分類では、ロシアと中国は「共同体家族社会」ですが、両者には違いもあり、キリスト教の影響で女性の地位が高いロシアの方が、創造性に富んでいて、よりダイナミックな社会だとしています。そして西側の文明史家や社会科学者とは正反対に、ロシアの未来を楽観的に描いています。さらに踏み込んで言えば、「アングロサクソン的なもの」が破綻した後には「ロシア的なもの」が新しい活力として浮上してくる、といったビジョンまで提示している。これが今後の世界についての“予言”として説得力をもって迫ってきました。

 

 トッド 急いで一言だけ申しますと、戦争で現に人が殺されているのは、1人の人間として本当に耐えがたいのですが、歴史家として、「こんな転換期に立ち会えることなど滅多にない」という思いでいるのも事実です。

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ロシアで読まれているトッド

 佐藤 トッドさんはロシアでも注目されています。ソ連時代、トッドさんの本は公けには禁止されていましたが、ソ連共産党中央委員会のメンバー用に翻訳され、ソ連崩壊直後には闇市場に流れていました。1976年に弱冠25歳でソ連崩壊を予言された『最後の転落――ソ連崩壊のシナリオ』です。

 トッド そうとは知らなかったので、驚いています。

 佐藤 『帝国以後』もよく読まれていて、今回の戦争が始まって以降、改めて言及されています。トッドさんの最近の記事も注目されています。

 トッド 本当ですか?

 佐藤 「エマニュエル・トッド氏、西側とロシアの間で、それ以外の世界はロシアを選びかねない」という『マリアンヌ』誌の記事がロシアで紹介されています。

 トッド マクロン大統領が、国連で中立国に「沈黙する人々は、現在の秩序を踏みにじる新たな帝国主義に加担している」と迫った時に書いた記事です。どちらかを選べと強制されたら、多くの国はロシアを選ぶ、と。

 佐藤 10月27日、モスクワ郊外で開催されたヴァルダイ会議で、ロシアのプーチン大統領が1時間の講演を行い、その後、3時間以上にわたる討論に参加しました。トッドさんのこの本を読んでいなければ、私はプーチン発言の半分も理解できなかったと思います。

エマニュエル・トッド氏 ©文藝春秋

 トッド ヴァルダイ会議に参加されたのですか。

 佐藤 ロシア大使から招待されましたが、人工透析中で行けませんでした。

 トッド そんな健康状態にもかかわらず、本日はいらしていただいて、ありがとうございます。

 佐藤 ヴァルダイ会議での発言は、プーチンの思想を知るための「重要資料」なのに、日本の論壇やアカデミズムで無視されているので、私は1週間かけて会議録のすべてを日本語に訳しました。これから、トッドさんの本の論理とプーチンの論理を対照していきたいのですが、これを読むと、プーチンも深いところで、トッドさんから影響を受けているような気がします。