女性が亡くなっていた場所であるトイレの前のフローリングには、その痕跡が一切ない。遺体は腐敗していたはずだが、クリーニング作業ですべて除去できたのか、発見後半年以上経っていた内見時にはにおいも感じなかった。
女性は1人でこの長屋で生活していたが、各地に散らばった親族が、それぞれ月に1度くらいの頻度で様子を見に行っていた。しかしその月は誰が行っても留守だった。親族同士で連絡を取り合った際にようやく異変に気付き、駆けつけた時には女性は2階で倒れていた。女性は親族が留守だと思って引き返した時もずっと同じ場所で横たわっていたのだ。
さて、この物件、告知義務は発生するのだろうか?
死後1ヶ月弱での発見だが、リフォームはしていない。クリーニング作業というものが果たして特殊清掃と呼べるものなのかは判断が難しい。そもそも特殊清掃というものがどういったものなのか明確な基準はない。
Nさんは「告知はするでしょうね」と言う。
ガイドライン云々に関わらず、そこで人が亡くなったという事実を伝えないことで生まれる契約者とのトラブルの方が心配であるとのことだ。事実を伝えた上で安心して契約してもらうことで信頼関係も生まれる。
人は騙される、隠されることに嫌悪感を抱く。告知義務があるなしにこだわるよりも、人が亡くなったという事実を受け入れるか受け入れないかを確認する方が話は早いのかもしれない。
「独特のにおい」が残るマンションに滞在
以前、死後2週間で遺体が発見された、その2週間後の部屋に1泊したことがあった。知人が持つ分譲マンションの一室を借りていた住人が孤独死したのだ。その死臭は床に染み込み、特殊清掃も脱臭作業もされていない。説明するのは難しいが、下水のそれとは違い、ガスのようなにおいがする。
今まで様々なパターンの事故物件で過ごしてきた。しかしここまで人が亡くなってすぐの場所は初めてだった。
部屋に入って数十分、不織布のマスクをしていたが、それでも耐え難いにおいがする。