「ゾンビの主戦場といえば、やはり映画、映像です。小説、文章では迫力に欠けてしまい、その魅力を表現するのは、至難の業だと思っていました」
ミステリー作家として活躍する、石川智健さんの最新作『ゾンビ3.0』。そのタイトル通り、アップデートされたゾンビ小説だ。
「……まるでゾンビだな」
テレビのニュースで衝撃的な映像が流れた。街中で人間が人間を襲い、襲われ体を噛まれた人間も、同じように人間を襲う何ものかへと変貌を遂げてゆく。しかも、この不可解な現象は、世界中で同時多発的に発生しているという。新宿区にある予防感染研究所に勤める香月百合は、数十人の所員たちと研究所に立てこもる。そして厚労省からの要請を受け、原因究明に乗り出すことになった――。
執筆のきっかけは、自他共に認めるゾンビマニアの編集者との会話だった。
「その人は酒を飲むと必ず、『あの人に、ゾンビ小説を書いてほしいんだよねぇ』と言い出すんです(笑)。僕も無類のゾンビ好きでしたが、そのときは自分から書きたいとは言えなくて」
石川さんは、自身が納得のいく構成ができるまで、ひたすらアイデアを温め、練り続けた。そうしてたどり着いたのが“新理論”の構築だ。本作で人がゾンビになる原因は、魔術や超常現象でも、ウイルスや細菌でもない。既存の作品で描かれてきたものとは全く異なるゾンビ化現象なのだ。
「僕自身は完全な文系。理系ネタには、ちょっと気後れする部分もあったのですが、文系だからこそ出せるリアリティーがあると、思い切ってチャレンジしました。生命科学の専門家の協力も仰ぎながら慎重に筆を進めて、最終的にこの理論は絵空事ではないとお墨付きを得ることができました」
日米中韓の出版社が共催するゴールデン・エレファント賞を受賞して十年前にデビューした石川さん。本書を日韓で同時刊行してほしいと自分から提案した。
「日韓関係は依然として冷えこんでいるようですが、面白いものは面白いと言いたい。面白さに、政治とか歴史は関係ないと常々思っていましたから。なので、今回の実現は、面白さはその障壁も越えられる、という自信にもなりました」
石川さんがゾンビ好きとなったきっかけは、2017年公開の韓国映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』だった。韓国は、長くB級扱いされてきたゾンビ映画を一流のエンターテインメントにまで押し上げた。そして今や、その発祥の地・アメリカにも並ぶ“ゾンビ先進国”でもある。
「そんな韓国にも負けないゾンビ小説を書いたという自負がありました。二カ国同時刊行のための作業は初体験で大変でしたが、とても楽しかったです。ゲラ校正と翻訳をほぼ同時に進めて、日本と韓国の読者を同時に意識しながら書き上げる。とても刺激的でしたし、いい経験になりました」
夢は日本と韓国での映画化、そして世界のゾンビ市場への進出だ。そこまで石川さんを惹きつけるゾンビの魅力とは一体何だろうか。
「僕は、ゾンビとは“戦える災害”だと思っているんです。圧倒的な自然災害の前では無力な人間でも、ゾンビなら、なんとか対抗できる。自分だったらどうする? という選択を、誰もがつきつけられ、思わず考えてしまう。そこに面白さがあると思っています」
本作でも、登場人物それぞれの、さらに国家レベルでの選択が描かれ、そこに説得力と読み応えがある。
「その部分を緻密に描けるのは、逆に、小説ならではだと思っています」
いしかわともたけ/1985年、神奈川県生まれ。2011年、『グレイメン』で第2回ゴールデン・エレファント賞大賞を受賞して翌年デビュー。医療系企業に勤めながら、ミステリー作家として活躍。著書に警察小説「エウレカの確率」シリーズ、『60 誤判対策室』など。