『ビューティフルからビューティフルへ』(日比野コレコ 著) 河出書房新社

「友人や家族には作家になったことをあまり言ってないんです。隠しているわけじゃないんですけど、私は自分の話を人にするのが苦手な方で。だから小説を書いています」

 そう語るのは、このたび第59回文藝賞を受賞してデビューした日比野コレコさんだ。昨年11月に単行本として刊行された受賞作『ビューティフルからビューティフルへ』は、高校3年の最後、大学受験を終えてからの約20日間で書き上げた作品だった。

「高校生の時の自分が考えていたことを、ばーっと書いたんです。周りの人に言ってないのは、そんな自己開示の塊みたいな小説を勧めるのは、ちょっと、という気持ちもあって(苦笑)」

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 本書は、3人の高校3年生――自分1人を頼ることしか知らないナナ、同級生との恋愛に振り切れている静(しず)、友達間のリーダー格の背中ばかりを見ているビルEの語りが交互に繰り出される形で進んでいく。それぞれの絶望と諦めを抱えながら日々を生きている3人は、同じ町に住むことばぁという老婆の元に通う。そこである宿題が出される。

「この3人は、自分の性格を3つに分けて作っていきました。例えば、私がフリースタイルラップが好きだという部分は、駅前で友達とサイファー(複数人が即興でラップすること)をしているビルEに。静は、誰かを好きになるとか、そういうことをずっと考えていて、ナナは学校でも生きづらさを感じている」

 執筆に際しては「ビューティフル」という言葉と共に、タイトルがまず決まっていたという。

「自分の主観に、ものすごく忠実に生きたいという気持ちがあるんです。人が見て美しくないものでも、その人がそれを美しいと思ったら、それは美しい。私の中に、飛び石を跳んでいくように、人生をそうしたビューティフルで貫きたいという美学のようなものがあって、その感覚を小説にしたかったんです」

日比野コレコさん

〈静は、絶望がドレスコードの秘密の花園に向かう前に、いつもナナを迎えに行く〉。本書の魅力はまた、3人の語りとして畳み掛けられる軽やかで鮮やかな言葉の数々だ。選考委員を務めた歌人の穂村弘氏も「重力をものともしない文体を持っている」と評する。

「言葉がめちゃくちゃ好きなんです。日常生活の中でも、ふと聞こえてきた言葉をメモしたりすることがあります。この前だったらマクド(マクドナルド)に行った時に、AKB48の姉妹グループの曲が流れていて、歌詞に〈青春は生き物なんだ〉とあって“わ、すごー”って思ったりして」

 シュルレアリストのアンドレ・ブルトン『ナジャ』など、かねてより図書館に通ってよく本を読んでいた日比野さん。だが、言葉の面白さに気付いたきっかけは「お笑い」だった。

「中学生の時にYouTubeで松本人志さんの『ヴィジュアルバム』を観て。それから1つの番組での発言を、全部書き出してみたりしていました。ことわざをちょっと捻らせたりとか、日本語の妙をついたような表現に心を掴まれたんです」

 本書を、言葉遊びとして楽しんで読む人も多いというが。

「勿論そういうところだってあるんですけど、私にとってはものすごく切実な小説で。書かねばならんかった小説、みたいな気持ちが強いです。それがそのまま誰かの切実になれたらとは思っていないけど、全員に対して、絶対に開かれている小説でありたいと思っています。読んで共感していただけたら、やっぱり嬉しいですね」

ひびのこれこ/2003年、奈良県生まれ。22年、本作で第59回文藝賞を受賞してデビュー。