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滑舌が悪く、空気が抜けるような話し方

 しかしまだ、実際に小松に会えるのか定かではなかった。10階に行き、エレベーターを出ると、小さな受付があった。その中に4人の職員が立っている。整理券を渡すと、すぐ隣の部屋に入るように言われた。この瞬間、私は、小松がここにいて、会えると確信した。

 初めて入る日本の拘置所の面会室だった。ドラマに出てくるような、アクリル板で区切られた無機質な密室。私の手前にマイクがあり、天井には一台の扇風機があった。テキサス州の刑務所の電話機よりも断然話しやすそうで、何よりも清潔感に溢れていると思った。

 アクリル板のむこう側のドアが開き、手錠をかけられた小松らしき男が刑務官に連れられ、入室した。私は、彼の顔をまじまじと見つめた。彼が小松博文なのか……。坊主頭で体格が良く、目がくりっとしていた。ネット上で見ていた男の顔とは一致せず、同姓同名の人違いかと思ったくらいだ。

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 ともあれ、事件の話を始めれば分かること。被告人の真横に座る刑務官が、「それでは、今から20分間でお願いします」と合図した。アメリカの3分の1の時間だ。どこまで話を訊けるか分からないが、私は、普段より早口で、まずは健康状態を確認してみることにした。

「体調はどうですか」

 無精髭を生やした被告は、机の上で両手を組み、想像よりも高い声でこう答えた。

「まあ普通ですね。良くも悪くもないですかね」

 赤紫色のTシャツの上に、着古した紺色のボアジャケットを着込む小松。下は、紺色のスウェットパンツだった。滑舌が悪く、空気が抜けるような話し方で、どことなく言語障害を患っているような印象を受けた。心不全による後遺症だろうか。

事件のことはほとんど覚えていない

 小松は、東京拘置所に移送されてから1カ月ほど経つと言った。約4カ月前に死刑判決を言い渡され、ここの独房に閉じ込められた今、どのような心境なのだろうか。私が「水戸と比べるとどうか」と尋ねてみると、こんな答えを返してきた。

「水戸のほうは刑務所だったので、飯がうまかったです。それに水戸のほうが、規則が緩かったです。自分だけ特別扱いされていたこともありますし。ここは辛くはないですけど……」

 東京拘置所の生活のほうが不自由だと言うが、不満を感じている様子でもない。事実を淡々と話していて、特に気にかけていることもなさそうだった。

「倒れたことは覚えていないのですか」

「はい、覚えていません」

 言葉数の少ない小松は、私の目をじっと見つめている。彼の手元を見ると、クラシックギタリストのように、親指の爪がとても長かった。

 20分なんて、あっという間に過ぎてしまう。この先、また会うことができるとは限らない。突如、面会を拒否することもあるだろう。早めに事件の話をしなければ。

「事件のことについて、振り返ってもらいたいのですが」

「振り返ると言っても、ほとんど覚えていないんですよね。過去のこと、えぇと、事件を起こす何日か前までは……。えぇと、2、3日前までのことしか記憶にないんです」