多色刷りの版画を制作するとき、最も大事なのが、「見当」を合わせること。版がズレないように揃えることを意味します。ところが、本作では線画と色面がズレているようですが、なぜなのでしょう。

 作者アンディ・ウォーホルは、マリリン・モンローやスープ缶などの大衆文化に主題をとった作品で、60年代に有名になった人。時代はちょうど、大量生産・消費社会が発達して、マス・メディアによる情報が氾濫し、ものごとの皮相性や陳腐さが意識され始めたときでした。

 さて、印刷のズレですが、本来ならミスであり低品質の証。ウォーホルはそれを逆手にとり、高尚とされるアート作品にあえて表現として取り入れたのです。

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アンディ・ウォーホル「絶滅危惧種:ジャイアント・パンダ」 
1983年 レノックス・ミュージアム・ボード、スクリーン・プリント アンディ・ウォーホル美術館蔵
©The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc./
Artists Rights Society(ARS), New York(ANDY WARHOL KYOTO 公式図録より引用)

 まず彼は、芸術の世界に大量生産の手法を持ち込み、アートは一点ものという概念を打ち崩します。また、日用品を含めた大衆文化の記号的存在を描くことで時代の主役を示しました。安っぽい印刷の特徴であるズレやけばけばしい色使いも、世の中に溢れていたものです。ウォーホルがどこまで意図したかは謎ですが、彼の作品を見た人たちは、そこに時代の反映・皮肉を読み取ったのです。

 もともとウォーホルは商業イラストレーターで、にじんだ線を用いた線画で活躍していましたが、60年代からアート界に進出します。

 20世紀の芸術界には、いくつかの波があり、50年代には抽象表現主義という激しい筆致の作風が、そして60年代にはハード・エッジと呼ばれる手の跡が見えないミニマムな表現が主流に。ですからウォーホルの初期アート作品も、手仕事の跡が希薄な写真とクリアなエッジの色面から成っています。

 しかし、流行は繰り返すもので、再び作者の筆致を残した表現が盛り返してきます。ウォーホルも一時は極端な抽象表現に向かいましたが、72年からは具象画に立ち返り、線描や筆跡の見える塗りの要素も戻ってきました。

 本作はその流れにあり、社会風刺的というより、表現のレパートリーを駆使し、洗練された造形効果を狙ったものといえるでしょう。フリーハンドの線描がズレによってかえって際立ち、白い背景の角にあしらわれた青や黄色がアクセントとして効いています。

「ジャイアント・パンダ」は「絶滅危惧種」という10種類の動物を描いたシリーズの一つ。ウォーホルにとって「死」は大きなテーマでした。髑髏や電気椅子といったモチーフやケネディ暗殺といった事件にも注目し、マリリンを主題にしたのも彼女の死を知ってからのこと。そしてパンダなどの絶滅危惧種も、種としての死が迫っているが故に有名になったわけで、ウォーホル好みのテーマかもしれません。

 実はこのパンダ、白黒だと分かりませんが、黒い部分は赤色をしています。政治的な仄めかしではないかと、つい深読みしたくなりますが、どこまで本気か分からないウォーホルなら、「そんなものないよ」と言いそうです。

「アンディ・ウォーホル・キョウト」
京都市京セラ美術館にて2023年2月12日まで

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。