1999年に「優香の妹分」としてグラビアデビューを果たした、タレントの堀越のりさん(40)。その後はバラドルとして数々のバラエティー番組で活躍し、その実力は有吉弘行さんも認めたほどだった。しかし、結婚を発表した直後の2011年に事務所を退所し、完全休業。以後、テレビでその姿を見なくなっていった。
数年ぶりにメディアへ登場した堀越さんが、事務所の先輩でもあった優香さんとの友情、伝説のラジオはがきゼロ事件の真相、そしてもっともつらかった“あの人気番組”について語ってくれた。
グランプリになるとは思っていなかった
――堀越さんの芸能界入りのきっかけは、1998年にホリプロが主催した「夏のお嬢さんコンテスト」でグランプリに輝いたことですが、もともと芸能界に興味はあったんですか。
堀越 高校生の頃に「東京ストリートニュース!」という雑誌の「ウォンテッド」というコーナーに、勝手に顔と写真が載って「この人を探しています。撮影に来てください」と書いてあったんです。今考えると怖いですよね。当時は千葉の田舎の子だったんですが、「友人を連れて一緒になら良いですよ」と伝えてOKだったので撮影に行きました。それが楽しくて、芸能界には興味を持ちました。
――そこからオーディションを受けるんですね。グランプリになる自信はありましたか。
堀越 なれるとは思ってなかったですね。自分よりも綺麗な子、かわいい子がすごくたくさんいて。田舎から出てきた私は下の下かも知れないと思って、並んでいる子たちを見ながら後悔しました。
だからグランプリになったのは嬉しかったです。ただ当時は「芸能の仕事をやっても3~4年くらいだろうな」と楽しいお祭り感覚で考えていたので、安易に入っちゃいましたね。