自社のマーケティング戦略がケースとして用いられる重要な講座の初日に、講師であるI氏が何の躊躇もなく問題発言をしたということは、これまでも組織内で数多く同様の発言をしてきており、都度周囲の人たちは笑ったり受け入れたりし、少なくとも指摘されることはなかったということだ。当然、I氏自身も何ら問題とは思わないままここまで来たのであろう。
会社のコンプライアンス体制にも問題が
またI氏は吉野家のプロパー社員ではなく、外資系企業出身のマーケティングの専門家である。彼のようにグローバルでの実務経験を持った人物が、古い体質の日本企業に招かれ、旧体制に大ナタを振るって業績改善をもたらすことを期待されるケースは多い。おそらく彼は、保守的な意識を変革させ、P&Gで成功体験をもたらした方法論を吉野家で展開させるためにも、インパクトのある言葉選びを日常的におこなっており、それが講座内で思わず露呈したということもあるだろう。
そのような事情があったにせよ、取締役として実に傲慢な発言であったし、そのような発言が許容され、日常的にまかり通っていた会社のコンプライアンス体制にも問題がある。内部できちんと指摘されないままでは、今般のように大きなレピュテーションリスクにもなり得るわけであるから、この機に猛省を促したいところだ。
問題の根源は周囲の環境だけではない
I氏をはじめ、現在大手企業でマーケティング部門の責任者に就いている年代はだいたい40代後半~50代であるが、彼らが青少年期を過ごし、価値観が形作られた昭和末期~平成初期の経済や社会情勢と、令和の現代における社会状況は真逆といっていいくらい変化してしまった。
● ハラスメント的な発言は日常茶飯事
● クローズドな環境での発言は外部に漏れることがない
● 地方と都市の情報格差
● 男性が女性に食事を奢ることが前提の思考
● 右も左も分からない消費者に依存させることで企業が儲かる、という思想
無自覚のままにこれらの昭和的価値観が染みつき、昔の感覚が抜けないままのシニア層が指導的立場に居座り、周囲が諫言できない状態は充分にリスクになり得るのだ。
とくに今般のケースは、そのようなコンプライアンスに対してセンシティブであるはずの外資系企業出身者による発言ということもあり、問題の根源は周囲の環境のみならず、世代や業界的な影響も多いものと捉えざるを得ない。従前、ハラスメントにまつわる問題はなかなか世に出ることはなかったが、昨今はコンプライアンス意識の高まりとSNSの発達により、このような形で顕在化する機会が増えたのは喜ばしいことと言える。
シニア層としては、この構造を自覚するとともに、これからも現役であり続けるなら、思考やコンプライアンス感覚も時代に合わせて柔軟に変革させ続けていくしかないのである。