タレント・女優の高見知佳さんが12月21日、がん性腹膜炎のため愛媛県新居浜市内の病院で亡くなった。享年60歳だった。
昭和42年生まれの筆者にとっては1980年代を代表するバリバリのアイドルでありマルチタレントだが、もっと若い世代の方には今夏の参院選に立憲民主党の推薦を受け、出馬した元タレント候補、という認識かもしれない。
故郷でもある愛媛選挙区から無所属で立候補したものの落選。つい先ごろも再選の意気込みを語る記事などを拝見していただけに、訃報を目にしたときには思わず「なんで!?」と声を出してしまった。
去る11月28日に亡くなった渡辺徹さんもそうだが、自分が物心ついた頃、特に思春期を迎えた頃のアイドルやスターが亡くなるのは、子供の頃のそれとはまた違う感慨や悲しみがわいてくる。特に高見さんには健康的でセクシーな魅力も印象的だっただけに、その淡い想いも含めて感傷的にならざるを得ない。
「くちびるヌード」でスターに…まさに“憧れの存在”だった
高見さんは歌手・アイドルとして芸能活動をスタート。独特のキャラクターでバラエティ番組にひっぱりだこに。横山やすしさんと共演した『おてんば宇宙人』(’81年)等の主演ドラマも放送された。
ヒット曲にはなかなか恵まれなかったが、’84年に「くちびるヌード」が資生堂「フェアネス」のCMソングに起用されて大ヒット。押しも押されもせぬアイドル・スターとなった。並行して、雑誌「GORO」(小学館)などではセクシーな水着グラビアで活躍していく。
そんなアイドル期の’81年に、高見さんのセミヌードが月刊写真誌の「写楽(しゃがく)」(小学館)に掲載されている。当時中学生だった私も、その真っ白なワンピース姿の高見さんの表紙をもとめて、わざわざ地元から離れた書店まで買いに行った記憶がある。お店でも周りの人目を気にしてしまったくらい、気恥ずかしかったのだ。高見さんは、そんな当時の男子中学生にとって文字通り「憧れの存在」だった。