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「V6の森田くんと三宅くんが爆笑してくれて…」売れないダンサーだったパークマンサー(44)が『学校へ行こう!』で“スターになった日”

パークマンサーさんインタビュー #1

2022/12/31

genre : エンタメ, 芸能

 2002年、人気バラエティ番組『学校へ行こう!』(TBS系)の名物コーナー「B-RAP HIGH SCHOOL」に登場し、「そうだよアホだよ♪」のフレーズで一世を風靡した軟式globeのパークマンサーさん(44)。

 10代で上京したパークさんは大学卒業後、ダンス漬けの日々を送っていたという。そんな彼がどうして、お茶の間の人気者になったのか? 軟式globeが2022年で結成20周年を迎えたということで、パークさんに改めて軟式globe誕生のきっかけや、『学校へ行こう!』出演時の反響などを聞いた。(全3回の1回目/2回目に続く)

パークマンサーさん ©末永裕樹/文藝春秋

◆◆◆

一番のヒット作は「5歳まで馬に育てられた」「半分馬だよアホだよ♪」

――こんにちは。今日はよろしくお願いします。

パークマンサーさん(以下、パーク) にちぇ。

――「B-RAP HIGH SCHOOL」でその挨拶をしていましたよね。「5歳まで馬に育てられていた」という名フレーズも強烈なインパクトがありました。

パーク 「5歳まで馬に育てられた」「半分馬だよアホだよ♪」ですね。たしか『学校へ行こう!』に4回目か5回目に出演したときのリリックで、めちゃくちゃウケました。一番のヒット作です。

 

「何か行動を起こさなければ」と思い立ち、ダンススクールに飛び込む

――5歳まで馬に育てられたパークさんは、富山県出身なんですよね。『学校へ行こう!』へ出演される経緯の前に、そもそもなぜ上京したのかを教えていただけますか。

パーク 上京した理由は、大学に入学するためです。

――なぜ東京の大学を志望したのでしょうか。

パーク オイラはもともと、キムタクになりたかったんですよ。でも、キムタクになりたくても何をしたらいいのかわからなかった。当時は今みたいに情報があふれていなかったので。

 そんなとき、雑誌『東京ストリートニュース!』でキラキラ輝く同世代の存在を知って「とりあえず東京に出てみよう!」と思い、東京の大学を受験しました。

――上京して大学に入学したあとは、キラキラした大学生活を送っていたのですか?

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