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「ハートは熱く、頭は冷静に」
1987年6月11日、忘れもしない、熊本で行われた巨人戦。七回、私は自分より2歳年長の宮下昌己さんとバッテリーを組んでいました。左打席にはウォーレン・クロマティさん。その初球、宮下さんの投球はクロマティさんの脇腹に直撃してしまいました。
これに激高したクロマティさんはヘルメットを脱ぎ捨て、マウンドの宮下さんへ一目散。そして顔面に右ストレート。ボクサーさながらにグーで殴ったのでした。
当然、大乱闘です。巨人の桑田真澄はクロマティさんを羽交い締めに。さらに、興奮したファンがグラウンドに乱入。警備員に加え、警察官まで制止に入るほどの騒ぎに発展しました。
この乱闘の中で、後に繰り返し、映像で流されることになる有名な場面が訪れます。両軍入り乱れる中で星野さんは巨人監督だった王貞治さんに詰め寄ると、鼻先に拳を突き付けたのです。星野さんはこの時、まだ40歳。血気盛んだった時代を象徴するシーンでした。
ただし、星野さんは王さんに「やるならやりましょう」などと威嚇したわけではありません。星野さんも後にご自身で仰っていたように「これ(グー)はいかんでしょう!」とクロマティさんがグーで殴ったことに対して王さんに激しく抗議したのです。
当時、近くで目撃した私にもそう聞こえました。たとえデッドボールの報復であっても、グーで殴ることは御法度であるとの星野さんの意思表示が、通算868本塁打の世界記録を持つ「世界の王」に拳を突き付ける行為に表れたのでしょう。まさに星野さんの「ハートは熱く、頭は冷静に」という信条を垣間見たような思いがしました。