今も継続するロシア・ウクライナ戦争において、ロシアが核を使用する可能性はどれくらいなのか?
同問題をロシア軍事の研究者の小泉悠氏が解説。新刊『ウクライナ戦争』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)
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核兵器の使用という賭け
一方、垂直的エスカレーション――つまり、核兵器の使用にプーチンが踏み切れなかった理由は、西側がウクライナへの軍事援助を制限し続けてきたのとほぼ同様の構図で理解できる。つまり、ひとたび核兵器を使用したが最後、事態がどこまでエスカレートするかは誰にも予測できないということだ。
『現代ロシアの軍事戦略』でも述べたとおり、ロシアの軍事理論家たちは、通常戦力で戦争に勝利できない場合に核兵器を使用する方法について長年議論し続けてきた。
これはロシアの通常戦力が冷戦期と比較して大幅に低下したという現実を反映したものであり、大きく分けて次の三つのシナリオに分類することができる。
・戦術核兵器の全面使用によって通常戦力を補い、戦闘を遂行する(戦闘使用シナリオ)
・大きな損害を出す目標を選んで限定的な核使用を行い、戦争を続ければさらなる被害が出ることを敵に悟らせることで停戦を強要する(停戦強要シナリオ)
・第三国の参戦を阻止するため、「警告射撃」としてほとんど(あるいは全く)被害の出ない場所で限定的な核爆発を起こす(参戦阻止シナリオ)
第一の戦闘使用シナリオ自体は冷戦期から存在してきたが、冷戦後には、そのような能力をもって抑止力として機能させようという考え方が生まれてきた。「地域的核抑止」と呼ばれるもので、1997年頃には既にロシアの軍事出版物に登場していたことが確認されている(Fink and Kofman,2020)。
ただし、地域的核抑止戦略が実際にどこまで機能しうるかについては、これを疑問視する見方が根強い。