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「全面核戦争を覚悟しなければならない」小泉悠が明かした「ロシアが核使用に踏み切れない」事情

『ウクライナ戦争』 #2

2023/01/12
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 イスラエルのロシア軍事専門家であるドミトリー・アダムスキーによると、ロシアのいう地域的核抑止が機能するためには戦術核兵器の配備状況や使用基準が高度に透明化されている必要がある。

 要はどんな状況でどの程度の戦術核兵器を使用するのかを敵が認識していなければ戦術核使用の脅しは役に立たないということだが、現実問題としてロシア側からはこのような情報が明確に宣言されたことはなく、断片的な情報は相互に矛盾していたり、ズレを抱えている場合が非常に多い。

 したがって、地域的核抑止は高度に統合された核運用政策などではなく、軍と戦略コミュニティが独自に主張している曖昧な概念の集合体に過ぎないというのがアダムスキーの結論であった(Adamsky,2013)。

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 ロシアの戦術核戦力がほぼ無傷のまま温存されているにもかかわらず、ウクライナが現に戦争継続を諦めていないことからしても、「地域的核抑止」は機能していないと考えるべきであろう。

 脅しを目的とするのではなく、純粋に戦場の形勢を有利に転換するために核兵器を使用するというシナリオはさらに可能性が低い。このような場合にはかなりの数の戦術核兵器を使用する必要が出るが、こうなると西側はもはやウクライナに対する軍事援助を制限しなくなり、場合によってはNATOの直接介入(飛行禁止区域の設定から地上部隊の展開まで)さえ真剣に考慮せざるを得なくなるためである。だが、第三次世界大戦を恐れているのはロシアも同様であって、これはあまりにも危険な賭けと言えるだろう。

エスカレーション抑止は機能するか

 これに対して第二の停戦強要シナリオは、近年、西側で「エスカレーション抑止(deescalationないしescalate to de-escalate)」戦略として広く知られるようになり、多くの懸念を呼んできたものである。

 戦闘使用のように核兵器で敵の損害の最大化を狙うのではなく、軍事行動の継続によるデメリットが停止によるメリットを上回ると敵が判断する程度の「加減された損害(tailored damage)」を与えるというのがその要諦であり(Sokov,2014.3.13.)、1990年代末から2000年代初頭にかけてその原形は概ね完成していた(Лумов и Баг-мет,2002;Левшин,Неделин,Сосновский,1999)。

写真はイメージです ©iStock.com

 米国による広島と長崎への原爆投下のロシア版とでも呼べるような核戦略であり、現在のウクライナに当てはめるならば、まだ大きな損害を受けていない都市(例えばリヴィウやオデーサ)を選んで低出力核弾頭を投下するようなシナリオが考えられるだろう。