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 しかし、繰り返すならば、限定的であろうと損害が出なかろうと、核兵器を使用したが最後、事態がどこまで転がっていくのかは誰にもわからない。

 米国の国家安全保障会議(NSC)が2017年に行ったという図上演習は、このことをよく示している。ジャーナリスのフレッド・カプランが描くところによると、この演習のテーマは「ロシアが在独米軍基地に限定核使用を行った場合にどう対応すべきか」であったが、この際、あるチームは限定核使用による報復をベラルーシに行うことを選択し、もう一つのチームが通常兵器による報復を選んだという(Kaplan,2020)。

 つまり、全く同じロシアの限定核使用という事態であっても、米国からどのような反応が返ってくるかをロシアは確信できないということを以上の事例は示している。実際には、ここに大統領の性格や国民の気分といった、より曖昧な要素が加わるわけであるから、ロシアがそう簡単に核使用に踏み切れるとは思われない。

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 核兵器をウクライナに対する「警告射撃」として使用するという考え方もあるが、これも問題がある。例えば黒海で核兵器が爆発したとして、ゼレンシキーが「だから何なのだ」と言って領土奪還作戦を続ければロシアのメンツが潰れるだけであろうし、かといってロシアが都市への核攻撃へと踏み切れば前述のエスカレーションの危険が立ちはだかることになる。

それでも核使用リスクは払拭できるものではない

 2017年に承認されたロシア海軍の長期戦略文書「2030年までの期間における海軍活動の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」や2020年に公開された「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」が核兵器によるエスカレーション抑止に言及しつつ、あくまでもこれを一般論に留めていることからしても、停戦強要シナリオと同様に心理戦の域を出ないとの見方が有力視されている。

 ただし、ロシアが実際に限定的な核使用の思想を長年にわたって温めており、そのための能力も実際に有しているという事実自体は決して軽視されるべきではない。エスカレーションのリスクに関するプーチンの利害計算が西側のそれと同様であるという保証はどこにも存在しないからである。