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戦争や内戦のある国は、なぜ素晴らしいダンスカンパニーが多いのか

森山 自分にも牙をむくトモさんといえば、「Noism」に在籍していた時代かな、外で野宿していた時期がありましたよね?

辻本 ああ、夏だったかな。代々木公園で1ヵ月間野宿して、ベンチで寝ていた。夜23時くらいにいくと先客がいるの。明け方でも日陰になるいい場所をとるには、23時前に行かないといけなかったな。

 

森山 ちょうどその期間、公演のリハーサル中で、スタジオで寝そべったトモさんが「床ってこんなに柔らかいんやなー」って漏らした話は人づてに聞いたことがある。それを言いたくて野宿してたんでしょ?(笑)

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辻本 そうそう。1度そういう生活をすると、普通の生活がいかに幸せかっていうことが、身を持って考えられるから。それは絶対にダンスにも生きると思った。

 真面目な話、僕は昔から戦争についてよく考えるの。どうにも救いようがない人、辛い人がいるリアルな現実を。いかに自分が幸せな国で生まれてるかを、踊る前にふと考えたりする。

 戦争や内戦のある国って、素晴らしいダンスカンパニーが多いじゃないですか。彼らはなぜ踊り続けられるのだろう、「戦争があったとしても、僕は踊るか」というのを常に自分に問いかけている。

 

森山 それこそ、本にも書いていた若き日のトモさんが衝撃を受けたウルティマ・ベスは、政情が不安定なベルギーのカンパニーだし、同じく不安定なイスラエルにはバットシェバ舞踊団や、かつて僕が在籍したインバル・ピント&アブシャロム・ポラックがあったりして、コンテンポラリーが活発化している。

 戦争がある国では、日々の生活も危ぶまれるし、徴兵制で戦争に行かされるし、ものすごくストレスも大きい。そういう中で生まれるダンスは、素晴らしくエネルギッシュであると同時に、時に暴力性の高い、非常に強い表現も含んでいる。

 身体で生きている刹那を体感しようとするからこそ、表現が研ぎ澄まされるところがあるのだろうと想像します。

辻本 それは絶対ありますよね。僕、海外でコンテンポラリーダンサーを見ると、めちゃくちゃエッジの効いた人が多い、おしゃれだし。日本だと、なんでだろうな、自然大好き派みたいなイメージが主流で……コンテンポラリーって元来もっとひりひりとした危機感を感じて臨む表現な気がします。