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自分が患者になったことで実感した、医療の驚くべき進化 医者が体験した「治る治療」

2018/05/03
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自己負担分が倍に

 ところで、手術がうまくいってしばらくした後、どうも移植したあたりに違和感があるというか、むせることが続いたので、内視鏡で観てもらったら、なんとのどの表皮に毛が生えていました。たしかに、太ももの部分を移植したのですから、放っておくと毛が生えるんですね。浅井先生に移植前に脱毛処理をするといいのではと真面目に提案すると、先生は「それもいいかもしれませんね」と笑っていました。

 また、手術前には気がつかなかったことをひとつ。日本には高額療養費制度というものがあって、ある一定以上の金額がかかった治療は、それぞれ定められた金額だけ支払えば、あとは国が負担してくれるというありがたい制度です。たとえば治療に100万円かかっても、患者さんは数万円の負担ですむのです。

 ところが、この制度は「月締め」であることが要注意なのです。つまり、月をまたいだ治療の場合、患者さんは二回、自己負担分を支払うことになります。

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 私の場合、10月24日に入院して、11月30日に退院したので、16万円ほどの負担になりました。これが11月に入ってから入院すれば、負担は8万円ほどですんだわけです。入院したばかりのころは、そこまで頭が回りませんが、治療計画を立てるときに、大切なポイントであると思いました。

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 その後、予定通り、翌年の1月から2月に放射線の術後照射を30回受けて、あとは定期的にCT検査を受けることにして、私は完全に社会復帰をしました。

 命に別状がなかったとはいえ、のどを切開して、太ももの筋肉を移植する大手術をしたわけですから、リハビリはそれなりに大変でした。食事と発声をこれまでどおり行うためには、これは避けて通ることはできません。

 のどの筋肉を効果的に動かすために、意味のない文字列を読みあげる訓練をするのですが、

「あぱく・あぴき・ざぽけ・ざぱき・あいお……」

 と繰り返すのは、結構つらいものがあります。やがて、

「ヌクヌクヌクヌク あたたかい
 クルクルクルクル 風車が回る」

 といった意味のあるフレーズの訓練に移りますが、まるで幼稚園児に戻ったような感覚でした。

 また、術後の放射線照射では、患部以外に放射線があたらないように、まるでスパイダーマンのような仮面を私の顔に合わせて作り、完全に固定したうえで放射線を照射します。副作用は少ないのですが、それでも放射線があたるのどのあたりは軽い火傷をした状態になり、赤黒くなります。

 たまたま私が名誉学長を務める短大の卒業生であるという縁でお付き合いのある演出家の石井ふく子さんがお見舞いにくださったマフラーが、とても役に立ちました。

 退院の日、私は家内の運転で病院から自宅に向かう途中に、道順を変えて、神宮外苑の銀杏並木の下を走ってもらいました。台風の季節にがんとわかってから2カ月がすぎ、銀杏並木はすっかり黄色になっていました。この風景を見ながら、つくづく命びろいをしたものだなと思ったことを今も覚えています。

早期発見の次元が変わった

 がんで一番怖いのは再発と転移です。私が習った医学では、再発、転移があった場合はあまり長くないというのが常識でした。

 その転移が私にも発見されました。退院してから1年たち、声もしっかり出るようになり、ようやくホッとしはじめた2012年の10月、CT検査で肺に9ミリの結節が見つかったのです。