文春オンライン

2023/01/22

genre : ライフ, 社会

三峯 20歳のときですね。俺、高校を卒業したら漫画家になりたかったんだけど、家族の猛反対を受けて。兄貴には「食べていけるのか?」とか「そもそも絵が上手くないだろ」とか言われて、まったく反論できなくてね。で、知人の勧めで公務員を目指したけど公務員試験に落ちちゃって、浪人してたんですよ。

 そうしたら友達から「こういうのがあるよ」と美少女コミックを何冊か渡されて、そのなかに森山塔先生の作品があったんですね。それまでエッチな漫画っていうと「漫画エロトピア」みたいな劇画系のものしかなかったし、ビニ本にしたって年配の方がセーラー服を着ているようなものしかなかったでしょ。森山先生の描くようなきれいでかわいい子たちが出てくる漫画なんてなかったわけですから。読んだ時は「こ、これ、えーっ! いいの?」みたいな感じで驚いちゃって。

公務員とイラスト投稿の2足の草鞋

©文藝春秋

――90年代当時、なにかしら美少女コミック誌を読むと必ずといっていいほど三峯さんのイラストを目にしていました。「名前を知ってもらうには物量」と仰っていましたが、尋常じゃないペースで創作や投稿していたのではないかと。

三峯 公務員だった頃は、仕事の時間が変則的だったんですよ。時間帯がバラバラで、泊まりもあるみたいな。その合間にちょこっと描いて、仕事に行く途中で投函したりとか。それがまた性に合っていたので、ピッチリ9時から5時までの仕事だったら逆に描くのが大変だったかもしれない。

 まぁ、基本的に若い頃は寝なかったですね。徹夜の仕事から帰ってきて、そのまま寝ないでウトウトしながら描いていましたもん。ペース的には、1日に多くて4枚かな。

愛用のハガキ用紙 ©文藝春秋

――2010年には『タモリ倶楽部』にも取り上げられて、出演しています。知る人ぞ知る存在としてクローズアップされる片鱗みたいなものってあったのですか。

三峯 2003年のコミックマーケット64で、俺をネタにした別の作家さんが作った同人誌「三峯徹を知っているか!!」が売られていたんですよ。

 一緒にコミケに行った友達連中が「同人誌、出したんだな」と言うから「え、なにそれ? どこで売ってたの?」と確かめに行ったら、別の方が出した「三峯徹を知っているか!!」が売られていて驚きました。俺の絵を模写したオマージュ的な内容の同人誌だったような覚えがありますね。

いつのまにか「非公式ファンクラブ」が出来ていた

――ストイックに絵を描いては投稿する毎日に変化が起きた。

三峯 コミケで同人誌が売られる少し前、2003年前半に片鱗はあったんです。美少女コミック誌の「コミック阿吽」に投稿したイラストが掲載されて、それに対する編集者のコメントに俺のホームページがあるって書かれていたんですよ。当時はパソコンを持っていなくて、友達に「そういうのがあるらしいからインターネットで調べてくれよ」と頼んだら、本当に「三峯徹 非公式ファンクラブ」ってホームページがあった。

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